グストイタリア野菜紀行

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episodio34

夏の太陽の贈りもの『ポモ・ドーロ』

 

‘黄金のリンゴ’と呼ばれる恐るべし毒入りの果実。ペルーともメキシコとも言われる南アメリカ原産のその植物がイタリアに持ち込まれたのは1590年代のこと。貴族のバロック式庭園で珍しい毒入り果実として観賞用に育てられていました。その名もPOMO=リンゴ、D'ORO=黄金でPOMODORO=ポモドーロ。そう、この恐ろしい植物、それは世界中のあちこちで毎日食べられている愛らしいトマトのこと。
  毒入り果実と信じられていたこの植物は、18世紀はじめには害のない、むしろおいしい野菜であることが知られ、一瞬のうちにイタリア中に広がりました。特に早い時期からその栽培に手をつけたのがナポリをはじめとした南イタリアでした。ナポリの大手トマト缶メーカー、チリオ社が創立されたのもちょうどこのころ1875年のこと。
イタリアにトマトがやってきてから400年以上の歳月がたち、現在全国で3万8千件の農家により、年間約6千5百万トンのトマトが生産されています。これはヨーロッパ27カ国の総生産量の約3分の1をも占め、イタリアは世界有数のトマト大国となりました。
トマトは全国で生産されるものの、もっとも生産量が多いのが南のプーリア州(34%)、そしてエミリア・ロマーニャ州(28%)が続きます。トマトは野菜の中でも圧倒的に消費量の多い、イタリア人とは切っても切れない食材なのです。

料理によって使い分けるトマトの品種

 

イタリアの夏のトマトのおいしさといったら、冬には食べたくなくなるくらいで、その風味には驚くほどの違いがあります。ローマの市場も6月中ごろから赤いっぱいに染まりだし山積のトマトがキロ単位で毎日飛ぶように売れていきます。「サラダにチリエジーノを1kg、サンマルツァーノはソースにするから2kgちょうだい!」といった感じでイタリアのお母さんたちはトマトを、サラダ用、パスタソース用と数種類を買い分けています。
イタリアの市場では常に数種類のトマトが並びますが、世界にざっと320種類もあるというトマトの品種。
イタリアで一般的に出回っているトマトはこんな品種があります。

1. チリエジーノ 
シチリアのシラクサ県パキーノ地方でとれるポモドーロ・ディ・パキーノIGP(保護指定地域表示製品)に属する品種。甘くて酸味もしっかりありサラダに使われます。


2. トンド・インサラターロ
全国で消費されている定番のトマト。しっかりした果肉で、モッツアレラチーズとあわせたカプレーゼサラダなど生で食べることが多い品種。

3. コストルート・フィオレンティーノ
トスカーナが名産のトマト。頭部が実の中に入り込んで全体的にギャザーがよったような形が特徴。果肉は比較的やわらかく、ジューシー、甘みも酸味もしっかりあり生食に好まれる。

4. クオーレ・ディ・ブエ
牛の心臓という意味の名前はその形から由来しています。比較的大きなトマトで果肉がしっかりしていて皮も厚みがあります。北イタリアはリグーリアが名産地のトマト。サラダにして食されます。

5. サンマルツァーノ
ソースや加工品のトマトとして使われる品種の代表がこれ。カンパーニャ州はナポリ近郊のサンマルツァーノ地方が名産。サンマルツァーノDOPというEU共同体が認めた保護指定原産地表示(DOP)マークのある品種。1770年にはナポリで栽培されてたという記録もある歴史のあるトマト。細長い楕円形で、トマトホール缶など加工品にもっともよく使われる品種。

バラエティ豊かなトマト加工品たち

 

全国で生産されるトマトのうち、約5分の4もがトマト加工品の原料となります。中でももっとも多いのがホールトマトやトマトピューレ。パスタから、煮込み料理、ピザのマルゲリータまでイタリアの台所には欠かせない食材です。いつの時代もイタリアマンマの味の基本であり、またメイド・イン・イタリーを代表する輸出食品でもあるのです。トマト加工品にはこれ以外にもバジルやオリーブの実などを加え、味付けをしたパスタソースや、ドライトマトなどもあります。中でも私が気に入っているのが、トマトを天日で10日間ほど乾燥させて裏ごしした濃縮ペースト。これはトマトピューレに比べ水分がほとんどなく凝縮されているので、ラグーソース(ミートソース)などコクを出したい料理によく使われます。この食材が特によく使われるのが南イタリアのシチリア。 “ストラットゥ“と現地の方言でよばれるそのペーストはまるで赤い味噌のよう。

 

一段と太陽熱の強いシチリアでは、昔はどの家庭でもお母さんたちがせっせとトマトのおいしい夏場、炎天下にこのストラットゥを大量に作り、冬に向けての保存食にしていました。今では手作りは少なくなりましたが、それでもどの市場でも固形の塊になっているストラットゥが見られます。まさに昔の日本のお味噌屋さんのように、しゃもじのようなスプーンですくって量りにかけてもらい、キロ単位でシチリアのマンマたちが買っていきます。トマトピューレの変わりにこのストラットゥをよく使います。だからシチリア料理には自然の偉大さを感じる、なんともおいしいコクがあるのですね。
トマトはカロリーが低く、風邪の予防に効果的なビタミンCが豊富で老化を抑制するカリウム、腸の動きに役立つ食物繊維を多く含んでいます。リウマチや動脈硬化症、糖尿病にもよいと言われているポモドーロ。毒入り観賞用果実どころか、栄養価が高くおいしい野菜だったというわけです。どんなに毎日食べても飽きないトマト。どんな食材にもしっくりなじむトマト。あーまた甘酸っぱいトマトソースのパスタが食べたくなってきたー!

 

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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