グストイタリア野菜紀行

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episodio31

北の「ジェノヴェーゼ」に南の「トラパネーゼ」手軽でおいしい食卓の万能選手『ペースト』

 

バジリコ、ドライトマト、アーティチョーク、ピスタチオ、ブラックオリーブなどなどイタリアには数多くのペーストが存在します。食材店やスーパーの棚に必ず何種類かの瓶詰ペーストが販売されており、またチーズやハムが売っている生鮮食品コーナーでも、保存剤なしのフレッシュなペーストを量り売りしているほどイタリア人の食卓には欠かせない定番食品です。
茹で上がったパスタにさっとあえるだけで手軽においしい一品ができるのがなんといっても人気の理由。

 

昔は“MORTAIOモルタイオ”とよばれる木製または大理石の乳鉢に材料を入れ丹念にすりつぶしながらペーストをつくっていました。でも今どきの家庭ではみんなミキサーを持っているのでガーっと一気に材料を混ぜるだけ。フレッシュな材料を混ぜてつくる自家製のペーストはそれだけでご馳走です。またたとえばパセリ嫌いの子供にもこうやってペースト状にして食べさせてしまうというのもよく聞くイタリアマンマの知恵。なるほど、材料の形が見えなくなってしまうので子供も知らずに食べてしまうというわけ。

そんなお手軽で万能なペーストも、立派な郷土料理であり各地にその土地の食材を生かしたペーストが存在します。
  その中でも特に伝統的で有名なのがジェノバ名物の『ペースト・ジェノベーゼ』。ジェノバ料理ですが、全国で食べられているバジリコのペーストです。
  このペーストは1800年代には既にジェノバの家庭料理としてつくられていた記録があります。しかし当時はオリーブオイルとにんにく、チーズとバジリコまたはプレッツェーモロかマジョラムをペースト状にしたものを、ジェノヴァ風野菜スープの味付けとして使っていました。その後、何年もかかって現在のようにパスタにあえるソースとして使用用途が変化していったようです。今でもペーストをパスタにあえるときに茹でたジャガイモやインゲン豆を一緒に添えるのは、昔の野菜スープの由来からだそう。

 

バジリコの生産量はリグーリア州が最も多く、年間約170トン栽培されています。(うち120トンがハウス栽培)この小さな州の中に40ヘクタールもの栽培面積があります。中でもジェノバ県のプラはイタリア一のバジリコの名産地。ここのバジリコはアロマの高い小さな葉が特徴。プラ産バジリコは『バジリコ・ジェノヴェーゼDOP』とよばれDOP(保護指定原産地呼称)の認定食材です。そして本物のペースト・ジェノヴェーゼというのは、プラ産のバジリコDOPとジェノバがあるリグーリア州産のエクストラバージンオリーブオイル、そしてパルミッジャーノチーズもしくはグラナパダーナ、リグーリア産のベッサーリコと呼ばれるにんにく、松の実、岩塩、これらを使用したものであるといわれています。そこまでこだわらなくとも十分おいしいのですが、郷土食材におおげさなほどこだわるのがイタリア人。でも新鮮なバジリコ、高品質のオリーブオイルさえ選べば、かなりおいしいぺーストのソースができあがります。

 

北の伝統的ペーストがジェノベーゼであれば、南にはシチリアのぺーストトラパネーゼがあります。こちらも当然シチリアの郷土食材を使ったペーストで、ブロンテ産のアーモンド、パキーノ産のミニトマトがふんだんに入っています。材料はアーモンド、ミニトマト、バジリコ、にんにく、シチリア産ペコリーノチーズ(羊のチーズ)、シチリア産オリーブオイル。フレッシュトマトを入れるのできれいなオレンジ色のペーストになります。
トラットリアなんかでは、このパスタの上にトラパニの名産であるボッタルガ(まぐろのからすみ)を上からすりおろしてくれます。さっぱりとしたトマトとバジリコに、羊のチーズ、オリーブオイルにニンニク、アーモンドと、コクのある食材がクリーミーなペーストになり、なめらかで濃厚な味わいが口いっぱいに広がります。
こういった伝統的なペースト以外にも、同サイトのレシピページにもあるルーコラのペーストプレッツェーモロのペーストも人気です。

 

オリーブオイルやニンニクなど他の材料とすり合わせることによって味わいのグラデーションが広がり、生でそのまま食べるのとまた違うおいしさがあるのです。たとえばプレッツェーモロはビタミンCを多量に含む香草ですが、ペーストにするとかなりの量が食べられて、これもうれしいメリット。またソースのようにして魚のグリルに添えると、それだけでエレガントな一品となります。
  こうしてペーストはパスタやニョッキに絡めるだけでなく、グリルした魚やモッツアレッラチーズにソースとしてもよく使われています。
私は定番のぺーストレシピに、ドライトマトやケイパーを入れてみたり、あわせる素材によっていろいろ自己流にアレンジしています。たとえばパスタにからめるならニンニクをいれますが、イカや海老のグリルにはニンニクやアンチョビなど味の濃いものはいれずに、プレッツェーモロやルーコラなどの野菜の味が主役となるようなペーストにします。高品質オリーブオイルを使えば間違いなくおいしくできあがります。こうして旬の食材に自分でいろいろ調味料を工夫しながら作るのもまたペースト料理の楽しいところ。パスタを茹でているあいだに、材料をミキサーに入れてスイッチオンすれば一瞬にしてできあがるので忙しいときの定番料理でもあるのです。
自家製ペースト、みなさんも一度お試しあれ!

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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