グストイタリア野菜紀行

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episodio30

最先端の技術とアイデアで世界唯一の育種を追求するトキタセメンティイタリア研究農場

生ハムやパルミッジャーノチーズで有名なパルマ、バルサミコ酢の名産地モデナなどが点在するグルメの地として知られる中部イタリアのエミリア・ロマーニャ州。ボローニャを州都とするこの州の南部に、フォルリという街があります。どこまでも見渡す限り平野が続くこの地方は、その昔からイタリアでも随一の農業地として発展してきました。そのフォルリにトキタ社のイタリア拠点があります。ローマから電車で北上すること3時間。「トキタセメンティイタリア研究農場」を訪問しました。ここではトキタ社のイタリアと日本のスタッフの共同作業による最先端の品種開発が行われています。

 

トキタ社のイタリア拠点は2008年に設立、日本の種苗界では唯一イタリアに支社を持っています。フォルリに所有する広大な農場はざっと10ヘクタール。

 

敷地内で目を引くのがプチホテルのような瀟洒なレンガ作りのオフィス。

 

壁には、中世のものか昔ここが馬小屋であったことがわかる馬の手綱をくくりつけておく鉄具が残っていました。

 

さわやかな笑顔で迎えてくれるディレクターのグレゴリオ氏。まだ新しい建築資材の匂いのする改築したばかりの2階建て新オフィスをご案内いただきました。

 

見事な大木とレンガでできた天井がなんともいえない暖かみを出しているミーティングルーム。これはこの建物に、もともとあったオリジナルのものをわざとそのまま残したそう。大きな窓を開けると見渡す限りうっすらと霞のかかった自社畑が目の前に。冷たく澄んだ空気に思わず深呼吸。こんなところで会議をすると、誰にでも自然といい案が生まれてきそうです。

 

ミーティングルームの下階には採集した種の選別室があります。とってすぐの種には鞘やホコリがついているのですが、まずこれを専用小型マシンで取り除きます。

 

その後きれいになった種は何種類かの重さ選別にかけられます。素人には小さい種はどれも同じに見えますが、重さによって発芽率が微妙に異なり、あまり軽い種は生命力が弱いのだそう。

 

虫みたいに見えるのは、まだ鞘がついているニンジンの種。この小さな粒の中には遺伝子という小宇宙がみっちりつまっているのです

 

このトキタ研究農場にはパイプハウスもあり、その中では品種の違うネギの試作がされていました。ナビゲーションしていただいたのは、埼玉本社から種の採集に来ていた飯岡氏。トキタ社からはこうして年に何度も日本から育種部のスタッフがこの農場を訪れます。

さて、お皿の上では脇役的な存在のネギですが、実はこの野菜の歴史はかなり古く、生まれ故郷は中央アジアから西シベリア南部と言われています。ここから世界中に散らばりました。日本でも7世紀くらいには栽培されていたそうです。

 

パイプハウス内のネギは昨年の6月ごろに種をまいた系統違いのもので、収獲できる状態になるまで約10ヶ月かかっています。よく見るとネギの先に丸い球根のようなものがついているのですが、このネギ坊主が花となり、ここから種を採ることができます。そしてそれらの種を日本に持ち帰り品種の研究にかけるのです。品種改良をしできあがった種は生産上の特質を調査するために今度は栽培の実験をします。栽培することにより耐病性や、作りやすさ、同じ色・形ができる純度の割合などなどあらゆる観点から性質をチェックしていきます。よほどの寒冷の年などには実験栽培している作物が全滅する可能性もあるそうです。
「ネギには様々な種類があり、例えば普通花を咲かせて種として増殖するのですが、花を咲かせないで腋から芽を出して増殖するものや、寒さが厳しくなると葉が全て無くなり休眠してしまうのもなんかもあります。ネギは花を咲かせるのに冬の寒さが必要で、直径1cmくらいのネギが10℃以下の寒さを100時間感応すると体内に花の芽が出来る仕組みです。しかし、より暖かい場所で生きている台湾のネギには、そこまでの寒さや感応時間は必要ありません。日本で栽培すると冬を越さずに晩秋に開花してしまうほどなんです。人間もそうですけど、生きていくに当たり少しでも環境に適することは重要なことなんですね。」と飯岡氏。
育種学というのは知らないものにとっては、まるで宇宙を探るのと同じようなものですが、育種というのは一言でいうと“もともとある品種をより優れた性質に改良する”ということ。1種類の野菜をとっても、世界中で同じ種が植えられているわけでなく、農家はその土地の自然条件や市場嗜好にあった特定の種苗メーカーの特定の種を選択して栽培しています。おいしい作物について語られるとき、たいていが畑上での気候条件や土壌、有機栽培かどうかなど栽培方法だけが言及されますが、それ以前に種自体の良し悪しがものすごく重要なんですね。
異なる品種をかけ合わせることによって、特質な品種を生み出し、かつ間違いなくその選ばれた遺伝子が引き継がれた種を作る。こういったことすべてが育種家の腕にかかっているわけです。
つまり日常的に私たちが食べているこのネギ、市販されているすべての野菜は長い年月による研究による選び抜かれたエリートなんですね。ネギ1本1本に育種家の情熱が隠されているというわけです。そしておいしい野菜というのは、育種家によって品種開発された種を、さらに気候や土壌条件のいい場所で農家に愛情をかけて育てられた自然の賜物なんですね。そう思うとどんな野菜も葉っぱ一枚も残さず十分味わって食べたいものです。

 

創業以来95年の社歴を持つ種苗会社、と聞くと墨守なイメージがありますが、旧来のスタイルから一歩前進し、クリエイティブな発想と国境を越えたオープンメンタリティーを持つプロ集団がトキタ種苗会社。こういう会社がこれからの日本、そして世界の農業を変えていくのかもしれません。

 

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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