グストイタリア野菜紀行

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episodio50

ピエモンテの庶民料理バーニャ・カウダのお祭り『第2回BAGNA CAUDA DAY』がアスティで開催

ピエモンテ料理といえば、白トリュフにポルチーニきのこ、ジャンドィアチョコレートなんてものをすぐに思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。このエリアはイタリアを代表する銘酒ワインバルバレスコやバローロの産地でもあり、考えただけでもうっとりする食の宝庫です。そんな高級食材の影に存在するのが、ピエモンテの隠れた郷土料理『バーニャ・カウダ』。バーニャ・カウダとは、ピエモンテ方言で“熱いソース”という意味。日本の鍋料理と似ていて、食卓の真ん中に“フォイョ“と呼ばれるテラコッタ製の鍋を置き、その中にオリーブオイルとアンチョビ、ニンニクからできた“熱いソース”を入れ、生の野菜や加熱した野菜をディップして食べる料理です。

その昔ピエモンテの貴族からは、ざくざくと切っただけの野菜をニンニク臭いソースをつけて口にするなんて、と粗雑な食べ物として敬遠されていました。農民の間だけに広まっていたこの料理はそのため書作物には記録がほとんど残っていません。もともとは収獲のある秋から冬にかけて食べられていたもので、畑仕事を終え家族や友人と食卓を囲み、バーニャ・カウダとできたての新酒で収獲を祝ったそうです。どこの国でも貧しさから生まれた料理こそ面白い由来があるというものですが、このバーニャ・カウダの発祥にもなかなか興味深いストーリーがあります。

バーニャカウダの材料の主役はアンチョビ。たいてい郷土料理というものはその地で栽培される作物から生まれるものなのに、海のないこのエリアでなぜ塩漬イワシが使われていたのか?!という素朴な疑問がわきませんか?私は長いあいだこのバーニャ・カウダがピエモンテの郷土料理というのはなんだかうさんくさいな、とまで思っていたのです。

ところがです。実はピエモンテ南部にはヴァッレ・マリアというアンチョビ行商で発展した村があるのです。当時のピエモンテでは塩は専売制で強制的に購入するしかなかったでのすが、海のないこの地方はプロヴァンスやフォーチ・デル・ローダノというフランス南海岸の塩田やお隣のリグーリアから塩を供給していました。

その塩商人たちから塩を密輸するためにこの塩漬イワシの壺にたっぷりとまぎれこませ、ピエモンテに持ち込んでいたのです。ヴァッレマリアのアンチョビ商人は冬の間、この何十キロもするイワシ壺を、牛やロバに引かせてピエモンテ中を売り歩いていたそう。塩はもちろんのこと、隠れ蓑となった塩漬けイワシもよく売れ、こうしてこのアンチョビはピエモンテの郷土食材になったというわけ。アンチョビは税金のがれに使われていたんですね。そりゃ一気に広がりますわ。

さてそんないかにもイタリア的エピソードを背景に、このバーニャ・カウダのレシピをご紹介しましょう。

材料:
-オリーブオイル・エクストラ・ヴァージン   グラス半量
-アンチョビ 1人3,4匹(水に10分ほど漬け塩抜きしたもの)
-ニンニク (中心にある芯を取り除き薄切りにスライス)

-野菜
生:カブ、ニンジン、キクイモ、セロリ、フィノッキオ、ペペローネ、カーボロフィオーレ、キャベツ、ラディッキオ
茹/焼き野菜:ジャガイモ、カボチャ、ビーツ

作り方:
1.テラコッタ容器などを用意し、オリーブオイルの中にスライスしたニンニクとアンチョビを入れたものを弱火で熱し、ゆっくりとアンチョビを溶かし、ソース状にする。(ここでバターを入れる人もいます)
2.食べやすい大きさに野菜をカットする。

これだけです!菜野菜というよりも、しっかりした歯ごたえがあってさらにはスプーン型になっていてソースがすくえるような野菜がむいているんですね。アンチョビはとても野菜との相性がいいのでこのソースで冬野菜が山盛り食べられますよ。

ところでこのバーニャカウダ、最後に卵を入れるということはあまり知られていないよう。
卵を割りいれて、残り少なくなったソースともどもスクランブルエッグにして食べるのです。これって日本の鍋やすき焼きで、最後にうどんで〆るのと同じこと?!牛肉や焼いたポレンタを入れる人もいるそう。そして、忘れてはならないのがこのバーニャ・カウダには地元の赤ワイン“バルベーラ”をあわせます。

11月22日から3日間、ピエモンテのアスティで今年第2回目のバーニャ・カウダのお祭りが開催されました。ピエモンテでは白トリュフ祭りやポルチーニきのこの収穫祭が大々的に行なわれていますが、バーニャ・カウダ祭りというのは存在していませんでした。そこでこの隠れた庶民料理にスポットライトをあて、自分達のルーツを守っていこうというスローガンで昨年から始められたのが『バーニャ・カウダ・デイ』。3日間、アスティ町ではバーニャ・カウダ食べ放題。バルベラワインでほろ酔い気分になったあと、町の広場に繰り出してみんなで踊り出します。ニンニクの匂いもなんのその!

「時代が変わろうと、このバーニャ・カウダを通して中世時代の先祖と同じ愉しみを分かち合えるというのは素晴らしいこと。」と主催者のレオナルドさん。たしかに自分の本当のオリジンを示してくれるのはきっとこういった庶民料理なのかもしれません。

データ:
BAGNA CAUDA DAY
バーニャ・カウダ・デイ

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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