グストイタリア野菜紀行

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episodio48

生きた薬草の博物館 武田薬品-京都薬用植物園訪問

京都は曼殊院の近くに1933年に「京都薬草園」として開園された武田薬品工業の京都薬用植物園があります。9,4ヘクタールの敷地内でざっと3000種類の植物が栽培されており、そのうち2400種類もが薬用植物です。これほど多種にわたる薬用植物が一度に見られる、世界でも希少な植物園です。ここでは薬用植物の栽培研究、遺伝子資源の収集・保存を目的として運営されています。

この植物園は一般公開されていませんが、年に数回HP上で公開見学の募集があり希望者のみ訪問することができます。またそれ以外にも小学生を対象に、植物の植え付けから間引き、収獲までの1年間の植物栽培サイクルを観察する青空ゼミナールや、薬学大学の生薬学部の学生のための授業なども定期的に行なわれています。

植物園は8つのセクションからなっています。
(1)中央標本園 - 重要な薬用の基原植物を栽培・展示
(2)漢方処方園 - 代表的な漢方処方の構成生薬を生きた薬用植物で栽培・展示
(3)温室 - 熱帯・亜熱帯の薬用植物・果実類を栽培・展示
(4)樹木園 – 1000種類の薬用樹木を栽培・展示
(5)展示棟 – 生薬の標本の展示
(6)ツバキ園 – ツバキの原種や昭和30年から収集した560種類の品種を栽培・展示
(7)香辛料園 - アロマテラピーや料理に利用する植物を栽培・展示
(8)民間薬園 - 世界各地で用いられる薬用植物を栽培・展示
この広さにこれほどの種類、全部見ようとすると1日では終わらない数です。どこまで見学しきれるかわからないけれど、できるところまで見てみようということで、まずは蚊よけスプレーをして、お茶のペットボトルを持ちいざ出陣!

植物園の入り口で最初に迎えてくれるのが、すずかげの木。ギリシャの医学の父ヒポクラテス(紀元前460~375)がこの木の下で弟子に医学を教えたという由来からヒポクラテスの木と呼ばれています。医学のシンボルツリーであることからギリシャのコス島にある原本を持ち帰りさし木をしたものだそう。

こちらはニッケイの木。和品種で昔は根っこの皮を生薬としていました。シナモンですね。
この葉っぱをかみしめてみると、うわ!たしかにニッキの味!ちなみに今お菓子に使われているシナモンは、この木から生産されているものではなくほとんどが輸入品だそう。

この植物園の展示棟は1908年に、神戸市東灘区に建築か野口孫市氏によって建設されたものです。95年の阪神淡路大震災後にこの植物園に移築、再生されました。

この素敵な洋館には多種にわたる珍しい生薬の標本が展示されています。

入り口でまず圧倒されるのが、タコの怪物みたいな形をした根っこ、シンシュウダイオウ(信州大黄)です。
この根の部分が漢方便秘薬に使われます。見ただけでお腹こわしそうなグロテスクさですが、普通根っこだけで5kg以上あります。2000メートル以上の高さに生息する高山植物で長野で育種されていますが、最近は長野も温暖化が進み、今は北海道へ生産地が移動しています。

手にとって見るとまさにあの漢方の独特のにおいがします。

漢方便秘薬にはこの大黄とカンゾウ(甘草)という植物の根も配合されます。このカンゾウはかみしめると文字通りほんのり甘いのです。ヨーロッパでもよく消費されている植物で、あの真っ黒くて苦いキャンディー“リクイリッツィア”に入っています。イタリア人もみんな大好きでよくガムの変わりに食べています。カンゾウはポテトチップスに甘味料として入っていることもあります。

漢方をつくっていた道具も展示されています。これは昔、漢方薬を煮出すのに使われていたやかん。今で言うやかんは、もともと薬用の器具薬鑵(やっかん)だったのですね。

生薬に使われていたのは植物だけではありません。
今では考えられませんが、動物の体の一部も貴重な薬として使われていた証拠が残っています。
これはロクジョウという雄のマンシュウジカ鹿の角を乾燥させたもの。

こちらは竜骨。哺乳動物の化石化した骨。精神神経用薬に配合されていました。

ゴオウ(牛黄)。牛の胆のう内に生じた結石で動悸による不安感を安定させる作用があります。

極めつけはコレ。鯨の歯牙。170cmあり、見た目以上にどっしりとした重みがあります。熱さましに使われていたそう。

この館に保管されている不思議な形をした生薬たち。どんな人がどうやってこういった生薬を発見していったのでしょうか。

さて、お次は薬用ハーブ園です。
ハーブの言語はラテン語の{HERBA}に由来しています。日本ではハーブというとアロマやスパイスを思い浮かべますが、もともとヨーロッパでは薬用として用いられていた植物をさすものでした。

イタリアでも料理に使われるおなじみのローズマリーやミントです。これらのヨーロッパのハーブを見ながら、このイタリア野菜紀行でもご紹介したサルデニア州立森林保護協会を訪問したことを思い出しました。サルデニアはイタリアのどの州よりもハーブを消費する島で、郷土料理には必ず薬草が入っています。その薬草パワーのおかげか、サルデニアはイタリア一の長寿を誇っています。

バジリコの和名は“メボウキ”。その昔、バジルの種バジルシードを目に入れて目の汚れをとっていたことから、“目のほうき”と呼ばれていたそうです。

イタリアではおなじみのアーティチョーク。

こんにゃくの木。
初めて見たこんにゃくの木。この植物の特徴は、花が臭い匂いを出してハエをおびきよせ、ハエに花粉を運ばせます。おでんの具にある、あの無味の食べものとしてしか認識のなかったこんにゃくですが、実は昆虫を利用して生息し続ける知恵をもった賢い植物だったのですね。ちなみに私たちが食べている食品としてのこんにゃくはこの植物の球根を湯がいて石灰などをまぜて固めたものです。利尿作用があり、水分代謝に効果があります。

こちらも普段私たちがよく食べている根菜、ゴボウです。根っこしか見たことがありませんでしたが、こんな可憐なお花が咲くのですね。ゴボウは種が漢方に使われます。

薬用ハーブ園の次は朝鮮人参園へ。片屋根式栽培法というその名の通り、片側だけ屋根におおわれた形で直射日光、風や雨をあてずに育てられています。アルコールに漬けられた朝鮮人参の根っこは、なんだか人の形みたいでグロテスクですが、実はこんな赤い実をつけかわいらしい様相をしています。種が収獲できるまで5年はかかるという植物ですが、1700年には既に徳川幕府のもと日本でも栽培されていたといいます。


アスピリン、解熱鎮痛消炎剤の成分をもつセイヨウナツユキ草です。

この大きな木は沖縄のショウガ科ウコンです。よく2日酔いのドリンク剤として販売されていますが、こんな形の植物だったのですね。よく見るとこれまた艶やかな白い花が咲いています。薬用植物には意外と美しい花を持つ植物が多いということがこの植物園にくるとよくわかります。ウコンはこのごつごつとした根っこに薬効があり、胆汁の分泌を促進します。

さて、次は最も楽しみにしていた有毒性の薬用植物園です。ここだけカギのついた柵に囲まれています。武田薬品-京都薬用植物園が一般公開されていない理由の一つにこの有毒性の植物が栽培されていることもあります。

こちらはベラドンナ。イタリア語で“美しい女性”という意味があります。この葉っぱをさわった手で目をこすると、瞳孔が開きます。なんと昔のヨーロッパでは、女性がこの植物をつかって瞳孔を開き目を大きく見せ、男性を誘惑していたそう!今のカラーコンタクトみたいな効果があったのでしょうか。猛毒をだす植物を自分の目に入れるとは、いつの時代も女性の美に対する執着は強烈なものがあるのですね。

チョウセンアサガオです。これは江戸時代に世界で始めて全身麻酔による手術を成功させた外科医華岡青洲がこの植物と主体としたものを麻酔として使っていました。作家有吉佐和子の『華岡青洲の妻』でも何度もでてきた植物です。キチガイナスビという別名もまたその効果の恐ろしさを表しています。

武田薬品-京都薬用植物園ではこれ以外にもたくさんの毒性植物が栽培されています。

最後に訪れたのが漢方処方園。
漢方薬というのは1種類でなく必ず数種類の薬草が配合されています。一つの漢方薬がどのような薬草で構成されているのか、漢方薬ごとに植栽展示されており一目瞭然にわかるようになっています。

こちらは華岡青洲が作った紫雲膏シウンコウという漢方薬で、やけどや皮膚炎に効果があります。これにも数種類の薬用植物が配合されており、その中にはなんとゴマの木もあります。

大建中湯という漢方で、これは下腹部痛、腹部膨張感に効用あります。山椒やジャガイモの木もあります。

薬用植物として厚生省が認めているものは現在294種類あります。
最も多く漢方薬に使われるのが、写真手前に見えるカンゾウ(甘草)で全体の7割を占めています。その次に生姜、シャクヤクと続きます。

動物にも勝る、植物の恐いほどの生命力、美しさ、神秘さ。武田薬品薬用植物園の訪問は、薬用植物と人体の関係、また自分たちの先祖の知恵を考えさせられた、驚きと感動の連続でした。世界でも比類のないこのすばらしい植物園、絶対にまた何度でも訪れたいものです。

データ:
武田薬品工業株式会社 京都薬用植物園
京都市左京区一乗寺竹之内町11番地
http://www.takeda.co.jp/kyoto/
*一般公開はされておりません。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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