グストイタリア野菜紀行

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episodio24

風の島エオリア諸島の野菜料理

 

シチリア島北部、ティレニア海にY字型に並んでうかぶエオリア諸島にやってきた。諸島をつくる7つの島すべてがユネスコ世界自然遺産に登録されているこの別天地のすばらしさは、原色の花が咲き乱れ、エメラルドの海岸の絶景に囲まれた楽園のような美しさだけではない。

 

何十万年前に海底の火山層が爆発して形成された特殊な地理性や、地球の歴史を物語る場所として貴重な存在だ。

 

海底から突き出たために、島々はどれも茶碗をさかさまにしたような形でたっている。どの島も、山肌にはいろいろな色の絵の具でくっきりと線を引いたような縞模様の見事な断層が見え、頂上から海面まですべり台のように見える縦の黒い道は、何万年も前に火山灰が噴火後に流れ落ちた跡。エオリア諸島のひとつ、ストロンボリ島はいまだに噴火を続けているし、ヴルカーノ島では海底から地上に熱湯がぼこぼこ湧き出ている泥温泉もある。いまこの瞬間にも大爆発を起こしそうな火山の深呼吸が島々のあちこちから聞こえてきそうな気配の中で、少数の島民と野良ネコたちがゆったり暮らしている。

 

火山の諸島は別名“風の島”ともよばれる。エオリア諸島の名前の由来はギリシャ神話に登場する風の神さま“エオロ”。島々には本当に風神が宿っているかのように1日中風がふく。夏はそよ風、冬は嵐。1年中風がやむことはない。島に往来する船もすべて風次第で簡単にキャンセルされる。だからこれほどの楽園といえど観光客も少ない。携帯電話の電波もインターネット回線も、風のふく方向によって接続できる位置が変わったり、完全になくなったりするのには驚いた。風の神様の前では人間が発明したテクノロジーなんてちょろいものだ。

 

エオリア諸島の中で2番目に大きな島サリーナへ。人口は2300人。26,4kmの長さの小さな島に900メートル級の火山がそびえ立つ。9月のサリーナは島全体が甘いブドウの香りに包まれる。

 

この時期「マルバシア・ディ・リーパリ」とよばれる名産の甘口ワインをつくるため、収獲を終えたブドウの天日干しがいっせいに始まるのだ。ワイナリーの周囲には“カンヌッツィ”と呼ばれる木製の“すのこ”にみっしりとマルバシアブドウが並べられ、15日間ものあいだゆっくり天日干しにされる。

 

“カンヌッツィ”は海の方向に面して並べられ、太陽と海からくる風の両方でブドウを乾燥させていく。風がなく湿度が高い地方で同じことをやるとブドウはあっという間に腐ってしまうけれど、サリーナ島ではブドウは適度に水分を発散させながら糖を凝縮させていくことができる。乾燥させたブドウを搾って醸造したのが「マルバシア・ディ・リーパリ」だ。

 

海からの風がブドウにほどよいミネラル感を与えるため、決して甘すぎないさわやかな口当たりのワインができる。この特殊な自然条件を生かしたワイン造りは、はるか紀元前から行われていたという。まさにここでしかできない風と太陽がつくるワインである。風の神さまエオロの威力はブドウだけでなく人間の体にも影響する。島の日差しはイタリア本土のそれよりもはるかに強く暑い。何度日焼けどめクリームを塗っても日に日にじりじりと肌の色が変わっていく。ところが一日中風がふいていて空気が乾燥しているため、どんなに暑くともまったく汗が出ない。気温は35度以上あるというのにである。ブドウが腐ることなく乾燥していく理屈を体感できるなんとも不思議な経験だ。
今でこそ流通が発達し、大きな船でどんな物資も毎日シチリア本土から運ばれてくるようになったけれど、昔はほとんどが自給自足でまかなっていたため、人々は島でとれる魚や野菜でつくる慎ましい食事をしていた。今でも天候次第で手に入る食材が左右するので、イタリアの各地方でみられるような豪華さを求める料理ではない。派手なシチリア料理ともまた違う。味付けも盛り付けも地味なエオリア料理は、魚や野菜の主となる素材のアクセントに野生のハーブやケイパーをふんだんに使う。

 

ケイパーとはこの地方の名産品で花のつぼみを塩付けにしたもの。ほろ苦い独特のアロマがあって塩味もあるのでこれだけで料理の味付けがまとまる。パスタソースや肉、魚料理にはもちろん、サラダにもどんな料理にもこの小さなつぼみが入っている。ケイパーを入れるともうそれだけでエオリア料理になる。

 

サリーナ島にいるあいだ広場にある小さな食堂によく通った。家族経営の小さなお店だけど、島で唯一毎日営業している飲食店で、おいしい日替わり惣菜がびっくりするような安い値段で食べられるのだ。地元の人も観光客もだれもがここで気軽に食事したりテイクアウトをする。

 

その名も「マルバシア食堂」。オーナーの娘さんマヌエラさんがつくるメニューはエオリアの家庭料理で野菜が中心。毎朝6種類近くもあるお惣菜をつくる。手元を見ずに野菜を切ったり、いくつもの料理を同時進行でつくるマヌエラさん。その手さばきは、もう何年もこの仕事をしていることが一目でわかる。

 

それでも夏のあいだは近所のレストランにもここの料理を卸しているので、朝9時からの仕込みには厨房の中を走り回る忙しさ。そんな中、厨房におじゃましてマヌエラさんがお母さんから教わったというエオリアの野菜料理を教わった。

 

おススメメニューは定番料理で3日に1回は作るという「野菜のスフォルマート」。“スフォルマート”とは型に入れてオーブンで焼いた料理のこと。ズッキーネと紫たまねぎ、ジャガイモとトマトの4種類の野菜をパン粉と粉チーズをあいだに重ねていくという簡単な料理。

 

野菜とパン粉の層にはたっぷりとオリーブオイルをかける。「ここでオリーブオイルをおしまずにたっぷりとかけるのがコツです。これが野菜をとろとろにやわらかくしてくれるのと、パン粉を揚げたようにカリッとさせてくれるから。」とすばやくジャガイモを敷きつめながら教えてくれるマヌエラさん。

 

見かけは素朴だけれど4種類の野菜のうまみとオリーブオイルがパン粉にしみこみ、素材の味わいが奏をなしてなかなかボリュームのある1皿。確かに野菜はとろとろに、パン粉はかりっと香ばしく、これは文句なしにおいしい!簡単だけどおもてなし料理としても十分いける1品だ。

 

本日のメニューはそのほかにお米のサラダとブロッコリを茹でてオリーブオイルとレモンであえたもの、ケイパーと生の紫たまねぎがたっぷり入ったジャガイモのサラダ。どれも味付けが濃すぎず素材のよさが生かされたやさしいおいしさがある。

 

得にほうれん草のオムレツは行くたびに注文していたお気に入り。なぜか日本の出汁巻き卵をを思わせるなつかしい味がして、いつも白いごはんが食べたくなった。

たっぷり入ったジャガイモのサラダ。どれも味付けが濃すぎず素材のよさが生かされたやさしいおいしさがある。

 

サリーナ島ではいくつかレストランもあって、今までイタリア本土では見たこともない魚や、ちょうどスルメイカが旬でこれもよく食べた。朝漁師さんが釣った魚をそのまま炭焼きで食べるというスタイルでいたってシンプル。付け合せの野菜料理も素朴なものばかりでそれがまたおいしかった。

 

島の人々はその日釣れた魚を食べる。悪天候で船が出なかった日は魚は食べない。嵐が続いた日数だけ魚は食べられない。だからとれた日の魚はよけいにおいしい。ローマではみんな魚の皮は食べずに捨てるのに、ここでは当たり前のようにこげた皮もぺロリと食べていた。都会で流行りの“地産地消”のスローガンも、島ではそれが昔から唯一の方法でありわざわざ唱える人もない。人々の生活に深く立ち入れば、生きる苦しみはいろいろあるに違いないが、ここの食生活がなんだか贅沢の極みに思え、食べ物だけでなく自分はなんといらないものをいっぱいしょって暮らしているのかとしばらく呆然となった。諸島で生活することはできないけれど、風と火山とともに生きる島の人たちの暮らしぶりには心打たれるものがあった。次にここに来れるのはいつになるかわからないけれど、また同じ光景、同じ料理、同じ不便さ、があることを願いながらローマへもどる船に乗りこんだ。

 

ショップデータ:
マルバシア食堂 Rosticceria Malvasia
Via Roma 86 - 98050 Malfa Isola Salina
Tel 0909844408

レシピ:
マルバシア食堂の野菜のスフォルマート

材料:
ズッキーネ
紫たまねぎ
ジャガイモ
トマト

イタリアンパセリ
パン粉
パルミッジャーノチーズ(粉)
塩コショウ
オリーブオイル

作り方:
1. 野菜はすべて2,3ミリの同じ厚さの輪切りにする。
2. パン粉に細かく刻んだイタリアンパセリ、粉にしたパルミッジャーノチーズ、塩コショウを入れて混ぜておく。
3. オーブン型にオリーブオイルをひき、その上に2を軽くひく。
4. ジャガイモを敷き詰め、また2をひきたっぷりとオリーブオイルをかける。
5. 紫たまねぎを敷き詰め、2をひきたっぷりオリーブオイルをかける。
6. ズッキーネ、トマトも同じことを繰り返し、最後にも上から2とオリーブオイルをたっぷりかける。
7. できあがった型をオーブンに入れ180度で20分焼き上げる。
8. 平らなお皿に型をひっくりかえして中身を乗せてできあがり。ケーキのようにナイフで切り分ける。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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