グストイタリア野菜紀行

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Episodio23

デザートだけではもったいない進化する『野菜のジェラート』

 

8月のイタリアは右を見ても左を見てもみーんな片手にジェラートを食べながら歩いている。人気のジェラテリア(ジェラート店)には炎天下に長い行列ができているし、普通のカフェッテリアでも夏季限定でジェラートを販売する店も多い。日本ではアイスクリームというと子供や若い女の子たちだけが食べているイメージがあるけれど、イタリアでは老若男女に境なくコーンにのったジェラートを大口でなめている。

国立統計研究所のデータによると現在イタリアでは3万7千件のジェラテリアが存在し、その数は毎年増え続けているという。全国で生産されているジェラートフレーバーはざっと600種類。消費量は1人あたり平均15キロ/年間。<グロム>や<ライト>など全国展開している有名店もあれば、自家製の“ジェラテリア・アルティジャナーレ”=(職人ジェラート)とよばれる小さなアイス屋さんもある。お店がどんな規模であれ、ジェラート産業は今や不況に逆行する数少ないビジネスだ。

ジェラートの起源は紀元前までさかのぼる。ローマ皇帝たちはアルプスやアペンニン山脈から氷と雪を持ち込ませ、それにミルクやその当時唯一の甘味であったハチミツを混ぜてシャーベットのようにして食べていたそう。ローマ帝国の敗退とともにこの贅沢な冷菓も消えてしまい、その後シチリアを植民地としていたアラブ人がエトナ山の雪と果汁を混ぜたものを発明し再度このシャーベットが普及した。一方マルコポールが中国は北京から持ち込んだという記録もあり、かの有名な「東方見聞録」の中に乳を凍らせたというアイスミルクが登場している。この製法を彼がベネツィアに伝えイタリアに広まったとも。中世時代にはフランスの王家アンリ2世に嫁いだフィレンツェの大貴族の娘カテリーナ・ディ・メディチが、彼女の専属菓子職人にズッコットといわれる冷製菓子をつくらせ結婚披露宴でふるまい、フランス人をたちまち魅了し、これがフランスにジェラートが広まったきっかけ。語り継がれるエピソードはさまざまでも、どれも冷凍庫がない時代、一部の皇帝や貴族だけの口にしか入らない貴重品だったことがうかがえる。

 

昔はそれほど高級品だったけれど、今や毎日食べるという人もめずらしくないほど庶民的になったジェラート。ジェラテリアにはたいていクリーム系(チョコレート・バニラ・ミルク・ナッツなど)とフルーツシャーベット系(レモン・イチゴ・メロンなど)の2カテゴリーがあり、バラエティ豊かなフレーバーがずらりと並ぶ。ジェラテリアに入ると、まずこのジェラートを入れる容器としてコーンかカップかを選択する。子供はコーン、大人はスプーンですくって食べるカップを選ぶパターンが多い。カップの大きさはサイズがいろいろあるのでその時々のお腹の具合によって決める。そして数あるジェラートから自分の好みのフレーバーを選び(3種類まで盛り合わせができる)、最後にパンナとよばれる生クリームをトッピングするかどうかまで注文する。人気店ほどたくさんの人が並んで待っているのでテキパキとオーダーしないといけないのだが、これがけっこう難しい。「いつものバニラもいいけど、時期限定の白イチジクも食べてみたい。今日はダイエット中だからパンナはやめておこうかなー。その代わりカップは大きめにしようかなー。」などと考えていると自分の後ろにいたおじさんがもう大声で注文しはじめる。こういうときのイタリア人のアクションは常に異常にすばやい。つば競り合いに負けずと自分もさらに大声で「カップ大にミルクと白イチジク!パンナたっぷりめで!」と叫ぶ。ジェラートの注文はなかなか真剣勝負なのだ。

ちなみにイタリア人の好きなフレーバーは1位がチョコレート、2位にナッツ、3位がレモンだそう。最近はランチにジェラートというのも普通の習慣となった感じ。ランチタイムの人気は野菜のジェラート。バジリコ、大豆に黒ゴマ、かぼちゃのジェラートまである。たしかに猛暑日に食欲がなくともこれなら口の中でさらりと溶けてくれる。

 

ローマの街中にある「コロナ」はいわゆる“ジェラテリア・アルティジャナーレ”の典型的なお店。小さな店舗の奥でその日販売する分のみ生産される。さっそくバジリコとレモンのアイスを注文。

 

味わいはさっぱり青々しく、トマトとモッツアレラチーズとからめてそのままカプレーゼサラダが想像できるほどバジリコそのままかじっているような味わい。そしてほんのりとした甘さもある。ペペロンチーノのジェラートというのも食べてみた。レモンとオレンジのシャーベットにペペロンチーノを混ぜたものだが、口に含んだ瞬間は「なーんだ普通のオレンジ味なんだ。」と思ったのが急にピリピリとした辛い後味におそわれた。でも辛すぎることなく、かえって甘いよりも切れがよくフレッシュだ。

 

「野菜をミキサーにかけ、ミルクや砂糖、さらにスパイスなどを混ぜたものを凍らすだけなので、アイデア次第で何百通りというジェラートができるんです。おいしいジェラートのコツはやはり新鮮な素材を使うことですね。」とコロナさん。

 

下町トラステヴェレ地区に先月オープンした「ファータ・モルガーナ」は女性のパティシェリーマリア・アニェーゼさんが毎朝新鮮な素材でつくるフレッシュなジェラートが食べられる。あらゆるスパイスを使うのが特徴でその独特なフレーバーは日本の雑誌にも取り上げられた話題のお店。常時48種類のジェラートがそろう。

 

コーンも一枚一枚手で焼いているというこだわりよう。そのかなでもちょっと普通ではお目にかかれないフレーバー、フィノッキオとリクイリッツィアのジェラートを食べてみた。

 

リクイリッツィアのインパクトが強くカレーを思わせるほどのスパイシーさとフィノッキオの青々しさの絶妙なコンビネーション。そしてその後にほんのりハチミツのやさしい甘み。こんなジェラート初めて!さらにバジリコとナッツ、ハチミツのアイスも注文。これはミルクが入っているので「コロナ」のものよりもクリーミーでナッツのつぶつぶの食感がおもしろい。フレッシュバジリコの味もしっかり。
サラダよりも軽く、野菜ジュースよりもボリューミー。ジェラートはもはや“スイーツ”のカテゴリーを超え、夏だけといわず1年中食べたいごちそうと進化している。

 

コロナ
L.go Arenula 27 Roma Tel 0668808054
http://www.gelateriacorona.it

ファータ・モルガーナ
Via Lago di Lesina 9 Roma Tel 0686391589
Piazza degli Zingari 5 Rione Monti Roma
Via Roma Libera 11 (Piazza S. Cosimato Trastevere) Roma
http://www.gelateriafatamorgana.it

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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