グストイタリア野菜紀行

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episodio41

食べるだけでは物足りない?! カクテルにも噴水にもなった野菜カルチョーフィ

今年は全国的に記録的な暖冬だったイタリア。
早くも2月中旬頃には街路樹の梅が開花し始め、春はもう目の前。
春といえばカルチョーフィ(アーティチョーク)が出回る季節。イタリアではカーボルフィオーレやズッキーニと並んで家庭の食卓には必ず出てくる親しみのある野菜です。
この時期青空市場でもスーパーでも山積みになっているカルチョーフィ。毎日飛ぶように売れていきます。

カルチョーフィは長い歴史のある野菜で、古代ギリシャ、古代ローマ時代から食されていたといいます。その頃はまだ野生種で、古代ローマの政治家プリニウスの記述によると、紀元1世紀にはエジプトでもすでに食されていたそう。当時のカルチョーフィは、栄養価もなく貧困な者の食べ物ととらえれていたことから苦難のシンボルでした。さらにはこの野菜が夢に出てくると必ず不運や災難が起こると信じられていたという、とってもネガティブな食べものだったんです。中世のイタリアではその栽培はシチリアから、中部イタリアトスカーナへと広まっていきます。1575年にはフィレンツェの大貴族メディチ家が披露宴で出したカルチョーフィをあまりのおいしさに食べ過ぎた人が死にいたった、という珍事件が起こり、このエピソードにより中世には富裕層だけが食べられる野菜として知られていきました。そしてメディチ家のカテリーナがフランスのアンリ2世のもとに嫁入りした際に、そのほかのイタリア名物と一緒にカルチョーフィも持ち込まれ、それ以降フランスでも栽培されるようになったといわれています。あのベルサイユ宮殿を建設したブルボン朝のフランス国王ルイ14世もこのカルチョーフィが大好物だったそう。

そんな歴史の大物たちに愛されたこの野菜、現在では世界で生産される3分の1の量が南から中部イタリアで栽培されています。やわらかいつぼみの中心部と茎の部分だけを食べるので、周りの固い葉っぱを取り除いてから調理します。最近では時間のないイタリアマンマたちに、すぐに調理できるように葉を処理したものも売っていて、少々高くともこちらを買っていく人も多く、さらに忙しすぎて手料理する暇なんてない!という人にはお惣菜やさんに行くと、できあいのカルチョーフィ料理が売っています。日本の筑前煮と同じで、いつの時代も愛されるイタリア定番のおかずです。

中でも『カルチョーフィ・アッラ・ロマーナ=カルチョーフィのローマ風』はローマの名物料理で、カルチョーフィの閉じた花びらの間にミントとにんにくを詰め込み、ワインとオリーブオイルで土鍋の中で蒸し煮にしたもの。花びらの部分はしっかりした繊維質の歯ごたえがあるのですが、茎の部分はちょっとお芋のようなホクホクとしたやわらかさがあります。ごぼうに似た風味で、ほろ苦味とレモンの酸味、そしてニンニクがほんのり絡み、白ごはんにも合いそうなおいしいさ。冷えてもおいしいので、作りおきにぴったりの便利な一品です。

もうひとつこの野菜を使った有名な料理が『カルチョーフィ・アッラ・ジュディア=カルチョーフィのユダヤ風』といわれるユダヤ料理。茎は切り落とし、つぼみの部分だけをフライにしたもの。油の中でじっくりと揚げるうちにつぼみの花びらが大きく開いて見事に菊の花のようになります。サクサクと香ばしくほろ苦味もあり、塩をかけただけの素朴なおいしさ。ユダヤ人街にあるユダヤ料理の老舗「ジジェット」では1923年からこの料理を提供していて、わざわざここにこの料理を食べに来る客でいつも賑わっています。
またつぼみの部分をうすく切り、サラダとして生のまま食べる料理もあります。カルチョーフィはレモン水にしっかりつけアクをとってからスライスし、オリーブオイルとレモン、黒コショウであえ、上からパルミッジャーノチーズの薄切りをのせていただきます。旬をちょっとでも外れると渋味が出てしまうので、まだ“甘い”と感じられるカルチョーフィが一番おいしい時にしか食べられない料理です。
以前ローマの中央市場を訪れたとき、フランスはプロバンス産のカルチョーフィが大量に詰まれていたので、なぜフランス産が?と不思議になり八百屋のおじさんに聞いてみると「旬の時期が過ぎた夏以降も、観光客が必ず名物のカルチョーフィのローマ風を注文するため、イタリアで栽培できない時期だけ実はフランスから輸入しているんだよ。」とのこと。バチカン、コロッセオを見て、カルチョーフィ料理に舌づつみをうつというのがローマ観光の必須コース。ローマのシンボル的存在として年中欠かせない野菜なんです。

そして意外に知られていないのがカルチョーフィの葉を原料としたお酒『チナール』。消化不良を助けるというこの野菜の効用を生かし、13種類の薬草とともにつくられる食後酒です。16.5度とワインより少し高めのアルコール度数で、一般的には氷で割って飲みますが、トニックやオレンジ果汁を入れカクテルのように嗜む人もいます。ほろ苦いけれど、甘みもあってすっきりした飲み心地。イタリアのバールどこにでもある庶民的な食後酒で、トラットリアの帰りにまだ話したりないロマーノ達が「チナールでちょっと一杯やっていかない?」なんてよくある光景なのです。
ナポリ中心地の広場にはカルチョーフィを模った噴水まであるんですよ。夜には水の中に浮かび上がるカルチョーフィがライトアップされ地元のデートスポットなんだそう。さらにフィレンツェでも、ピッティ宮殿の上にカルチョーフィの噴水と名付けられた建築物があり、青空に華々しく水を噴き上げています。食べるだけでは飽き足らず街の建築物にまでするとは、ほんとにイタリア人ってどこまでカルチョーフィが好きなんでしょうか?!
よーし今年もイタリア人に負けずカルチョーフィを食べるぞー!

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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