グストイタリア野菜紀行

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episodio42

ジェノヴァ 『第5回ペーストワールドチャンピオンシップ』開催

イタリアで一番有名なペーストといえば、ジェノヴェーゼ。北イタリアはリグーリア州の郷土料理で、バジリコとパルミッジャーノチーズを主な原材料とした緑色のペースト。フレッシュなバジリコをふんだんに使いますが、パルミッジャーノチーズとオリーブオイル、さらには松の実もたっぷり入るので結構コクがあります。パスタにからめたりジャガイモとあえたり、その用途はいろいろ。瓶詰めのものや、計り売りで販売しているフレッシュなものもあり、イタリアの大抵の家庭では冷蔵庫をあけると必ず隅っこに常備してある食材です。このペーストジェノヴェーゼ、今でこそどこのスーパーでも手に入るインスタント食品的な感覚がありますが、リグーリアに昔から伝わる伝統料理であり、もともとは各家庭でマンマが“モルタイオ”とよばれる大理石の乳鉢と木製の棒で材料をすりつぶして作っていました。


一見単純な料理のようですが、本物のペーストジェノヴェーゼというのはペーストジェノヴェーゼ生産者組合による“オフィシャルレシピ”というのがあり、材料はその産地まで指定されています。バジリコもオリーブオイルもリグリア州で生産されたものに限り、塩も何でもよいわけではなくトラパニの塩田のものと細かく限定されています。指定産地外の材料でつくったペーストは、ペーストジェノヴェーゼではないってわけですね。このイタリア的な異様なまでの産地へのこだわり、ジェノヴァも例外ではありません。


これがペーストジェノヴェーゼ生産者組合による伝統的なレシピです。


材料:(600gのパスタにあえる量)
・ リグーリア州で栽培されたバジリコDOP - 50gm
 (葉は小ぶりで若いものが望ましい。水で洗うのではなく布巾で汚れを取ること)
・ イタリア産松の実 – 大さじ1杯
・ ヴァッサリコ村(リグーリア州)産のニンニク - 2かけ
・ パルミッジャーノ・レッジャーノDOP(24ヶ月熟成が望ましい) - 大さじ6杯
・ トラパニ塩田の岩塩 -少々
・ リグーリア産オリーブオイル – 半カップ


レシピ:
1.モルタイオに、まずはニンニクを入れやさしくすりつぶす。
2.塩を加えやさしくすりつぶす。
3.バジリコを2回に分けて加え、葉を棒でつぶすのではなくなでるように
  上から回しながらすえいつぶす。
4.松の実を加えやさしくすりつぶす。この松の実を入れることにより
  風味がよくなるだけでなくペーストがほどよく乳化される。
5.パルミッジャーノとオリーブオイルを入れ、やさしくまぜあわせる。


このレシピは“やさしくすりつぶす”というのがコツ。決して力をこめてゴリゴリ押しつぶしてはいけません。バジリコの葉の細胞が押しつぶされて独特の香り、風味が出ないのです。一度やってみるとわかるのですがこれ、ものすごく根気がいる料理なんです。モルタイオに集中してバジリコの細胞をつぶさないようにゆっくり棍棒を回し続ける。さらにバジリコを追加して、またやさしくなでるようにすりつぶす。この作業を延延に続けていると、なんだかお寺で写経でもやってるような気になってきます。

さて、そんな特殊な伝統料理を風化させないようにと、ジェノバでは2年おきに『ペーストワールドチャンピオンシップ』というコンテストが開催されます。このイベントを企画したのは、ジェノヴァの伝統料理をもっと世界の人に知ってもらい、この土地に訪れてもらろうという村おこし的な活動を行なうパラティフィーニ協会。コンテストは今年で第5回目をむかえ、日本も含め世界中から100人もの参加者が募りました。その100人の参加者から最終的に10人のフィナリストが選ばれ、3月29日にジェノヴァのドゥカーレパレスにて決勝戦が行なわれました。

会場にはあらかじめ用意されているペーストジェノヴェーゼ生産者組合が指定する材料から、各自が自分のレシピに沿って正しい分量の材料を確保し、40分以内でペーストを仕上げなければなりません。配合する材料の割合や、すりつぶしていく順番によって味わいも変わってくるため、シンプルに見えるレシピでも作る人によってできが違うのです。バジリコを最初にすりつぶすか、全部の材料をすりつぶした後、最終的にバジリコを入れるかなど、その調理方法はいろいろです。
審査は①ペーストをつくる手さばき、②ペーストの色、③なめらかさ、④食感と風味のバランスの4つの基準から判断されます。
10人のファイナリストがいっせいにすり鉢の前に並び、本番スタート!会場中にバジリコのフレッシュな匂いが充満し、審査員が一人ひとりの手さばきを真剣なまなざしで観察します。

優勝者はアルフォンシーナ・トルッコさん。なんと87歳の元気なおばあちゃんです。ジェノヴァ郊外に住むアルフォンシーナさんは、家族代々使われてきたという、普通の2倍もの大きさのモルタイオで見事な手さばきでペーストを仕上げました。彼女の祖母はこのモルタイオでペーストジェノヴェーゼを作り、1861年にイタリアを1つの国に統一した国民的英雄ジュゼッペ・ガリバルディに献上していたそう。そんな家庭でペーストを食べながら育ったアルフォンシーナさん。その家庭環境といい、手さばきといい、これはもうどう逆立ちしても他の参加者は勝ち目がないという圧倒的な勝利でした。

アルフォンシーナさんには優勝賞金として、オリーブの木から作られた2000ユーロ相当(約28万円)!のモルタイオが贈られました。


参加者、審査員、全国から集まったジャーナリストと、2000人もの人がこの小さな街に一同し、今までにない盛り上がりをみせたこのコンテスト。地元の伝統料理を守るだけでなく、リグーリア州の名産物を世界の人にアピールしていくという目的を持ったこのペーストワールドチャンピオンシップは、郷土愛をもって地元を盛り上げ、村おこしにつなげたサクセスストーリとしても注目を集め、華やかに閉会しました。


(写真提供Associazione Palatifini)


データ:
パラティフィーニ協会-ジェノバペーストワールドチャンピオンシップ
Associazione Palatifini – Campionato Mondiale di Pesto Genovese al Mortaio
Via San Luca 4/14 scala C – 16123 Genova
Tel. + 39 010 2476926
www.pestochampionship.it

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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