グストイタリア野菜紀行

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episodio29

ミシェル大統領夫人がホワイトハウスのガーデニングの模範にしたジョヴァンニ・ベルナベイさんの有機農園

2009年3月の【ニューヨーク・タイムス】に掲載された記事によると、きっかけはアメリカストーフード運動の先駆者であり、カリフォルニアのオーガニックレストラン経営者のアリス・ウォーターさん。アメリカの大きな社会問題となっている非健康的な食生活を変えるには、ホワイトハウスが見本となり、理想の食スタイルを実行すべきであると提唱。アリスさんは有機栽培による自家菜園をホワイトハウス内に設置することを提案、その農園の見本になったのがジョバンニ・ベルナベイさんの農法です。アリスさんのこのフード・プロジェクトの成功例として知られているのがローマにあるアメリカン・アカデミー芸術財団の食堂。(エピソード7参照)アカデミーには奨学金を得て館内で芸術活動をするアーチストたちの食堂があります。2006年アリスさんは厨房スタッフに自分の経営するカリフォルニアのレストラン「シェパニーズ」のシェフ、モナ・タルボットさんを派遣します。そのモナさんがジョバンニさんと知り合い、彼の協力のもと2007年にアカデミーの庭園内に有機栽培農園を設置しました。モナさんは2006年から1年以上かけて何度もジョバンニさんの農家に通い、栽培可能な野菜の種類から農法までを学んだそう。1年後にはジョバンニさんと一緒にアカデミア内に自家農園を完成。そして自家農園で栽培される季節の野菜を中心としたヘルシーメニューに改正。体によいだけでなくアカデミーの食堂のおいしさは、イタリアの数々の料理雑誌にも取り上げられるほど評価を得ています。

そのアカデミーの厨房には農業の父としてジョバンニさんの肖像画がかかげられています。

そのジョバンニさんの有機農園とはどんなところなのでしょうか。急に春が訪れたような冬の晴天の日、ローマからローカル電車に乗って1時間半。ちょうどローマとナポリの間に位置するサンジョバンニ・インカリコ村を訪れました。

 

「当時まだイタリア語を話せないモナと、英語はまったく話せない私。そりゃ畑で往生しましたよ。でもモナはそれにも懲りずに私のところに何度も何度も足を運んで私の農法を理解してくれました。」そう笑うジョバンニさんは今年70歳。30年前から農業一筋。それまではピザ職人であったジョバンニさんはお店で出されていたコレステロールの高い食材や添加物の多い食材に疑問をもっていたそう。ある日、有機栽培に関する新聞記事を読んだことがきっかけで興味を持ち始め農業の勉強をし、転職。なんと自分で作った野菜を食べるようになってから1年で20kgも痩せたそう。「ダイエットをしたわけでもないのに体から悪いものがぬけて軽くなった。それまでは体によくないものを食べているのは頭では知っていたけれど、自分の体を通して実際に理解できました。それまではよく胃もたれで悩んでいたのですがね。もう遠い昔の話ですよ。」

 

畑の面積は3,5ヘクタール。農園の入り口に大きな池が目に入ります。聞いてみると雨の水をためておくためにジョバンニさんが自ら掘ったものだそう。深さ5メートルはあるこの池で、たまった雨水を畑に撒くために貯蔵しているのです。ヨーロッパ共同体の規制で有機栽培には水道の水には若干でも塩素が含まれているので使ってはいけないとのこと。「ビニールで囲んだり、セメントで池をつくるとこの水はたちまちくさったような臭い匂いを放っているはずです。この池は一切人工的な素材を使わずにできているので雨水を長いあいだためていても水が臭くないんですよ。」なるほど。
「私の理想は森です。」農園の向こうに見える山々を指差すジョバンニさん。「森にはすべての生物が生きています。動物、植物、昆虫、微生物。でも人間がつくる畑は薬を撒くので虫や雑草、微生物など死んでいるものがあります。そこだけが生命の和からぽつんと抜けているのです。すべての生命が存在する森。これが私の畑がある理想の形なんです。」

 

確かにジョバンニさんの畑はぼうぼうの雑草だらけ。ジョバンニさんの畑の向こう側に見える農家のシーツをひいたように雑草のないきれいな畑との差が歴然とわかります。ジョバンニさんといっしょにちょっと畑に足をふみいれただけで、カタツムリやミミズ、ナメクジなど普段はあまり見かけないさまざまな生き物に出会いました。ここには栽培している野菜、種も植えていないのに生えてきた野生の香草なんかもあります。

フィノッキオ

ビエータ

ボッラージネ

プンタレッレ

カーボロ

カーボロ・ディ・ブルュッセル

アーティチョーク

最近建てたセラーでの栽培ももちろん有機農法。

 

ラットゥーガやフィノッキオ、ソラマメなどが育てられていました。つかみとって今にも食べたくなるようなみずみずしさ!

 

シートの下に隠れているのはズッキーナの芽。これは5月末ごろには収獲できるそう。

 

セラーの外にでるとどかーんと肥やしの山が。これは牛や羊の糞、灰、麦などを混ぜたもの。「ここにもちろん何も人工的なものは入っていません。その証拠に!」と言って一生懸命に肥やしの中からミミズを見つけてくれようとするジョバンニさん。

 

畑にはここに生息する鳥や虫がより居心地がいいように木々が植えられています。これも有機農法のEUの規則で小動物が逃げ込める空間をつくっているそう。
「有機栽培はお金がかかります。ヨーロッパ共同体のコントロールが定期的にあるのですが、1種類の植物につき150ユーロ(約2万円)、毎年500-600ユーロの年会費も払います。害虫がつくこともしばしばあり、そういった作物は販売できませんしね。」といいながらナイフ片手に害虫のついた作物の茎を切って見せてくれました。

 

でもこういった害虫がついてもそれでも絶対に薬をまかないのは、この畑が“すべてのものが生きている森”だから。

 

畑の土は粘土質。しっかり水を含んで保存するので作物の根がいつでも水を補給できるのです。

 

農家では鶏もたくさん飼っていて、新鮮な卵もとれます。これでオムレツ作ってみたい!
畑を一回りしたあと、ジョバンニさんが「お昼はうちで食べて行くだろう。」ともう決まりごとのように言うので、「はい!」とお言葉に甘えて自宅におじゃましました。

 

ニンニクのいい匂いがただよう小さなキッチンで奥様のアッスンタさんが両手を広げて迎えてくれました。メニューはもちろんジョバンニさんの野菜で作られたもの。今見てきた野菜がこうやって味わえるとは感激もひとしお!

 

まずはパスタ。“マルタリアート”というランダムに切ったような形の手打ちパスタ。アッスンタさんは毎朝生パスタを打つそう。これは今どきのイタリアではかなり貴重な存在となっている本物のマンマの手仕事。大豆とセロリが入っています。しっかりとした歯ごたえのパスタに大豆とトマトのやさしい風味。

 

こちらはちりめんキャベツと大豆、ジャガイモをいためたもの。これが最高においしかった!ちりめんキャベツは茹でずにフライパンで他の野菜と一緒にオリーブオイルとにんにくで炒め、しんなりとしてきたら少し水を入れて蓋をし、蒸し煮風にしたもの。

 

このキャベツの甘さには驚きました。ジョバンニさんの作る野菜。なるほど、味にもここまで差がでるのかーと舌で納得。

 

野菜には隣の農家で飼われていたウサギの猟師風。実は私はジビエ料理はちょっと苦手なのですが、このウサギ、まったく臭みがなく想像していた味からかけ離れたやさしい風味。肉質はやわらかく、今まで食べたウサギとはまったく別ものでした。

 

最後に今朝とれたラディッキオのサラダ。これはザクザクと切ってオリーブオイルと塩、レモンであえただけ。葉の先から芯まで肉厚でジューシー、苦味がありながらも甘みも感じます。

 

ジョバンニさんはもう何年もほとんど肉は食べていないそう。野菜がおいしいので食べる気があまり起こらないからだそう。
このウサギ料理も一口食べられただけでした。それどころか、このご夫婦は外食はもう長年していないそうです。“他の人が作った料理”だけでなく“他の人が作った食材”自体がもう食べられないという話。自分が育てた野菜で自分が料理したものだけを食べる究極の食生活。どうしても家で食べられないときにはお弁当を持参するという徹底ぶり。でもこのお昼ご飯をいただいて、それは何の疑問もなく納得できました。

 

ワインまでジョバンニさんが栽培したブドウで作った自家製ワインです。赤白とも、もうそれはすばらしいできで唖然。ジョバンニさんの野菜を使ったアッスンタさんの手料理。どんな高級レストランよりも、何か本質的な贅沢さをしみじみと感じたランチでした。

 

平日はジョバンニさんが畑を耕し、週末はローマのBIO市場で作物を販売するアッスンタさんと息子さん。ローマ以外の街からわざわざ買いに来るリピーターのお客も。

「自分はこの畑の野菜のおかげで病気もしなくなった。まだまだ100歳まで生きられると思う。」とジョバンニさん。彼ほどの徹底した農家、食生活を実現するのは難しいとしても、農業の父ジョバンニさんから学ぶことは本当にたくさんあります。ジョバンニさんの野菜のおいしさは、単に有機栽培だからではなく、作物の生命力のたくましさが感じられるようなうまみがあるのです。そんな食育を今後の世代に伝えたいそう。これは現代の子供から大人まで、みんなが学ぶべき世界共通のテーマ。
ローマにもどる電車の駅までわざわざ送ってくれ、いつまでもいつまでも満面の笑みで手を振り見送ってくれたジョバンニさん。彼のおかげで心も体も元気いっぱいになってローマに帰りました。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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