グストイタリア野菜紀行

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Episodio22

トウガラシなしでは生きられない?!ペペロンチーノ王国イタリアのホットな裏事情

 

夏は40度近くまで気温があがるのに、家庭でもオフィスでも「体に悪い」と言ってエアコンを嫌うイタリア人。車の中でもクーラーをかけずに窓をあけて走る人がほとんど。「海水浴に行く」「水のシャワーを何度も浴びる」と、聞けば笑ってしまうほど原始的な方法での暑さ凌ぎがいまだに主流のイタリア。そしてここでは夏の食生活にも昔の人の知恵が生かされています。イタリアの夏の食べ物といえばジェラートが思い浮かびますが、実はそれ以外にも「辛いものを食べて思いっきり汗をかく!」というのがあるのです。毎年この時期、市場には赤いものから緑のものまでありとあらゆる種類のペペロンチーノが鮮やかに積み上げられ、家庭やトラットリアではいろいろなトウガラシ料理のメニューが並びます。

 

何年ぶりかの猛暑を記録したこの7月、中部イタリアの街リエーティで「ペペロンチーノ・フェスティバル」が開催されました。外務省、ラッツィオ州、メキシコ大使館、ガーナ大使館などがスポンサーとなり大々的に開催されたこのトウガラシ祭りは、街をあげての国際交流となり、全国、海外から大勢の来場者を集客。

 

見本市会場となった旧市街の広場には世界中から集まった700種類のトウガラシが展示され、さらにペペロンチーノ入りのパスタやオリーブオイル、リキュールにチョコレートなどなど食材ブース70店舗が出展。右を見ても左を見ても街中が赤、赤、赤で染められていました。

 

ペペロンチーノはどんな素材とも相性がよく、「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」のようにパスタにからめたり、いろいろな野菜料理にも使われます。特にズッキーナやナス、トマトなどの夏野菜との相性は抜群。オリーブオイルでいためた野菜に赤い角を加えるとその野菜の甘みにピリリとアクセントを加え、味のグラデーションが広がります。「ペペロンチーノ・フェスティバル」ではパスタ料理から、夏らしいイチジクやメロンなどフルーツとペペロンチーノを組み合わせたメニューが地元のシェフによって提供されました。「え?果物とトウガラシ?!」と、うなったのですが食べてみるとフルーツの甘みがトウガラシの辛さによってとても引き立つのです。これはうまい!さらに印象的だったのは、こちらも意外な甘さと辛さの出会いでおもしろかったトウガラシのジャム。これはチーズとの相性が抜群でした。

(左)イチジクのラード巻きソテー、ペペロンチーノ風味
(右)リコッタチーズとペペロンチーノのジャムのタルト

(左)ズッキーネとパンチェッタ、ペペロンチーノのパスタ(白い皿)とリゾットサフラン風味
(右)海老とトマトのラビオリ、ペペロンチーノ風味

イタリアには今回のイベントを主催した【ペペロンチーノ協会】だけでなく【ペペロンチーノアカデミー】に【ペペロンチーノ博物館】なるものまでが存在します。イタリア南部のカラブリア州のように“ナンドゥーイヤ”と呼ばれるペペロンチーノ入りのサラミやペペロンチーノと稚魚のペーストなどトウガラシ料理を伝統料理とする地方もあれば、ナポリではペペロンチーノの形をした人形プルチネッラがお守りとしてお土産やで販売されています。

 

とがった角のようなカワイイ赤い実をたくさんつけたペペロンチーノの鉢植えをデコレーションとしてリビングに飾るのもポピュラーな使い方。トラットリアのテーブルにはオリーブオイルや塩コショウのセットとともに必ずペペロンチーノの粉が置いてあるし、どの家庭のキッチンにもかならず首飾りのように連なった赤いトウガラシがぶらさがっています。「ペペロンチーノのない食卓なんて、恋人のいない人生と同じ」と言ったあるシェフの言葉のように、ペペロンチーノのない生活なんてありえない!という感じです。

それにしても、なぜこれほどまでにイタリアでトウガラシが愛用されているのでしょうか?

トウガラシの栽培にまつわる最も古い記録は7000年前のメキシコ。この香辛料はその後アジアやアフリカに渡ったあと、イタリアへは比較的遅れてクリストフォ・コロンブスがアメリカ大陸からスペインへ持ち運んだことにより伝道されました。一時はポルトガルの商人たちがこれを持って大きな商売をたくらんでいたのが、どこでも簡単に育つというこの植物の特徴からヨーロッパ中の農家で栽培されるようになり食文化に大きな影響を与えます。しかし長いあいだペペロンチーノは厄除けに使われたり、寒い冬に足をあたためたり、手足の霜焼け止めに使われたりと、間違った知識をもって広まっていました。

その後19世紀にはペペロンチーノが持つ栄養価値が注目されるようになります。この食材には高い殺菌効果と消化を助ける作用があり、薬品がどこでも手に入らない時代には、水にペペロンチーノの粉を溶かしたうがいで風邪や喉頭炎を予防したり、薬用植物としても重宝されていました。年中太陽の日差しが強く食べ物が傷みやすいイタリアで、殺菌効果があるペペロンチーノを料理に使うことは、味付けだけではなく食中毒から守るという大切な目的があったのです。さらには夏に弱りがちな胃も活発にし、消化不良から守る役目も。トウガラシが特に暑い南部で多く消費されるのにはこんな理由があったのですね。

ところでペペロンチーノの偉大さは殺菌効果や消化作用だけではありません。「これを食べれば元気がつく!」と精力剤のようなちょっとウサンクサイうたい文句でペペロンチーノ製品が売られているのは、ホルモンの分泌を促進する副腎を活発化させることから。食材店の棚にずらりと並ぶ「愛の炎」や「恋のダイナマイト」なーんていうネーミングのトウガラシのパテやソースたち。ペペロンチーノに含まれる“カプサイシン”という成分は体内の脂肪燃焼に有効。さらに養毛効果まであるという、イタリア人男性に多大な夢を与えてくれそうなこの赤い角。
ペペロンチーノ大国のイタリア、その背景にはこんな裏事情があったのかも!?

リエーティ「ペペロンチーノ・フェスティバル」
Rieti Cuore Piccante
http://www.rieticuorepiccante.it/home.html

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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