グストイタリア野菜紀行

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Episodio1

ローマ下町テスタッチョ地区歴史ある青空市場と老舗パン屋の人気お惣菜

私が10年前に引越してきたローマ中心地の下町テスタッチョ。大きなテベレ川が流れるこの地域は古代ローマ時代、ギリシャからの輸入港として栄えた港町でした。ここからローマ帝国へあらゆる物資が運ばれていたといいます。中でも多く流通していたのが食料品。塩や小麦を運ぶのには『コッチョ』と呼ばれるレンガ製のつぼが使用されていました。ギリシャから船が到着し、商品が納品されると『コッチョ』はその場で割られ廃棄されていました。2000年前の『コッチョ』の破片を積み上げたいくつかの瓦礫の丘が今でもテスタッチョ地区の一角に残っています。今ではその丘の内部を掘ってレストランやディスコになっているところもあり、コッチョの断層が壁のインテリアになっている面白い建築物がいくつかあります。

そんな貿易港であったこの地域は常に大勢の人々の行き交う商業地区として発展、大きな市場がありました。それが今あるテスタッチョ青空市場の始まりです。このマーケットには八百屋、魚屋、精肉屋があり、その日の朝に採れた新鮮な食材がなんでも揃っています。

広い市場にはたくさんの八百屋さんがありますが、地元の主婦たちはみんな自分のお気に入りの店を決めて同じところに長年通うようです。

形のゆがんだリンゴも泥のついたままのほうれん草も全て量り売り。魚ならどの部分を何切れ、肉ならどの肉をどういうように切ってほしいというようにお店の人に注文をつけながら買い物するのです。

- 上写真左から -

市場でも人気のトマトおじさん。トマトばかり何十種類とあります。

セージやローズマリー、ミントなどフレッシュハーブもローマ料理にはよく使います。

ローマ近郊でとれる新鮮な魚を折り扱う魚屋。

トリッパから子羊まるごとなどと、ローマの典型的な肉料理の材料が並ぶ精肉屋さん。

下町のオバチャンと、お店の威勢のいいオッチャンの漫才のような面白いやりとりの光景があちこちに。コテコテのローマ弁が飛び交って、こちらまで朝から元気がでるのもこの市場ならではの楽しいところです。

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果物屋さん。北はアルト・アディジェ州のリンゴから南はシチリア産のオレンジまであらゆるフルーツがそろいます。

白髪のおばあちゃんが1人で営んでいる卵とパスタ屋さん。

チーズとハム、パスタなどの食材店。

この青空市場での買い物のあとテスタッチョのお母さんたちが必ず立ち寄るのが、市場すぐ近くのパン屋さん『パネイフィーチョ・パッシ』。

テスタッチョのど真ん中にある「パッシ」。行列のできる人気店。

40年前にパッシファミリーが1900年代からある古いパン工房を買い取り開業。家族経営ながらも工房と隣接した店舗あわせて300平米という広さ。15人の従業員で毎日400キロ分のパンを生産、販売しています。

パンは深夜12時の仕込みに始まり夕方の5時ごろまで何時間も生産が続きます。

ローマの郷土パン『ロゼッタ』や田舎パンはもちろんのこと、ピザやフォカッチャ、ビスケットからパンケーキまで数え切れないほどの種類が。これだけの品揃えを誇るパッシの工房は24時間フル回転。パン生産スタッフは深夜12時、お菓子のスタッフは朝5時から仕込みを始めます。

製菓の生産部では1日中甘い香りがただよいます。

20年勤めているというのが珍しくはない熟練職人たちが慣れた手つきでピザ生地を伸ばしています。仕込んだパンは時間差でどんどん焼きあがっていきます。オーブンから出されたパンはアツアツのまま隣のお店のショーケースに並べられます。

焼きあがってオーブンから出てきたばかりのパンが熱が冷めないうちに次から次と店内へ運ばれていきます。

工房から漂うパンやビスケットの香ばしい匂いもそのままお店に流れてきて、ついついたくさん買いこんでしまうのです。

「パッシ」では20年前は2000キロ分ものパンが毎日売れていたそう。現在ではその5分の1。これは昔は誰もが家で家族全員で食事していたのが、今はレストランやピッツェリアなど外食をする人が増えたこと、毎日手料理を作っていたお母さんも今は働いている人が多くなったという社会現象の現れ。その代わり働くお母さんが増えたことによってよく売れているものにお惣菜があります。

- 上写真左から -

経営者のトンマーソが毎朝作る定番のお惣菜。

こちらはチーマ・ディ・ラーパをチコリと同じようにいため、オリーブの実の塩漬けを混ぜたもの。

野菜をふんだんに使った「パッシ」のお惣菜は毎朝仕入れた材料で作る新鮮さと素朴なおいしさがウリ。レストランで出されるような豪華で味の濃い料理ではありません。

野菜のオーブン焼。トマトやズッキーネ、フィノッキオ、ナス、ジャガイモなどを適当な切り、塩、パン粉、イタリアンパセリとにんにくを細かく切ったものを上からふりかけ250度のオーブンで1時間焼きます。

材料は毎朝7時にはお隣のテスタッチョ青空市場から届きます。「その日に販売するのもは1からその日に作る。」これがパッシのモットー。同業者には冷凍品、カットされ塩ゆでされた野菜や、すでに割られて液状になった卵などの加工品を工場から購入し材料にするところが多いのですが「パッシ」では市場から届いたじゃがいもの泥を1個1個洗うことからはじまります。工房には冷凍庫もありません。材料が足りなくなったら市場にひとっ走り。これが昔からの仕入れ方法。市場そのものがパッシの倉庫なのです。

お惣菜のメニューは、野菜のオーブン焼、チーマ・ディ・ラーパやチコリの野菜いため、アーティチョークのローマ風、トマトのリゾット詰など、ローマの典型的な野菜料理が中心。

トマトのリゾット詰オーブン焼。ジャガイモの小口切りも添えられています。

「昔はローマ中のマンマがやっていた仕事を今僕たちが変わりにやっているようなもんだよね。」と笑う2代目オーナーのトンマーソ。

- 上写真左から -

ローマの郷土食材アーティチョーク。フライや生などいろいろな食べ方ができますが、パッシでは「アーティチョークのローマ風」という郷土料理を提供しています。

見事な手つきで下処理をするトンマーソ。

子供のころから毎日野菜の仕込みをしているので、どんなにおしゃべりが弾んでもその手仕事のスピードが落ちることはありません。ビデオの早送りを見ているかのような早さ!「目をつぶってもできるよ!ほら!」とふざけて本当に目をつぶってアーティチョークをむいてくれました。

- 上写真左から -

皮をとりカットするとこういう形になります。

アーティチョークの上部に塩とメントゥッチャロマーナというドライミント、にんにくのみじん切りをすりこみ、オリーブオイルをかけ、オーブントレイに並べていきます。オリーブオイルをさらに上からたっぷりとかけ、少し水を足して蓋をし火にかけます。

約1時間後「アーティチョーク・アッラ・ロマーナ」ができあがりました。s

ローマ市の都市開発の一環として再来年には新しい屋根つきのメルカートに場所を移動する計画が進められているテスタッチョ青空市場。駐車場完備、敷地面積も広がるということで、地域のさらなる活性化が期待されている一方、新しいメルカートへの移動をきっかけに引退すると言い出す年配の店舗所有者も多く、ショッピングモールスタイルの新構想にも地域らしさがなくなると反対する地元の人々の声が広がっています。

時代の流れによって変化していく街の形と人々の暮らし。時代の変化は早いからこそ変わらぬものがあり続けて欲しい。テスタッチョ青空市場はいつまでもその変わらぬもののシンボルであって欲しい。八百屋の喧騒やパッシのお惣菜の変わらぬ味がいつまでもあってほしい!テスタッチョに住む私もいつのまにかすっかり地元のオバチャンに混じって声高らかにそう唱えているのでした。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

[ 店舗データ ]

- Mercato di Testaccio -

テスタッチョ青空市場

Piazza di Testaccio

月-土 午前中のみ

- Paneificio Passi -

パネイフィーチョ・パッシ

Via Mastro Giorgio 87

Telefono: 06.5746563

日曜定休

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