グストイタリア野菜紀行

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episodio39

イタリア一美しく高価な野菜 ラディッキオ・ロッソ・ディ・トレヴィーゾ IGP タルディーボ

 

イタリアでもっとも美しく高価な野菜、ラディッキオ・ロッソ・ディ・トレヴィーゾIGP タルディーヴォ(以下ラディッキオ・タルディーヴォ)。北イタリアはヴェネト州にあるトレヴィーゾ、パドヴァ、ヴェネツィアの3つの県にある24の村だけでつくられています。その特殊な生産方法と限定的な生産地域から、ヨーロッパ共同体が特に高品質な食材に対し授けるIGP(保護指定地域表示)マークを所持しています。チコリの一種ですが、地元で“冬の花”と呼ばれるように鮮やかな紫色の花のような形で、デリケートな味わいがあります。この野菜がなぜこのような形をしているのか、なぜ1キロ1700円(ローマの市場価格)もするのか、この問いに答えられるイタリア人はほとんど皆無。実は、ラディッキオ・タルディーボはこの形で畑から生えてくると思っている人が大多数なのです。

ラディッキオ・タルディーヴォの産地へ
このラディッキオ・タルディーヴォの生産を見に、トレヴィーゾ近郊にやってきました。このあたりは一帯平地が広がり、遠くには頂上が真っ白の北東アルプスの一部ドロミーティ山脈が見えます。郊外に向かって車を走らせると『ラディッキオ街道』という看板があちこちに見えてきました。

数々のラディッキオ畑を通り抜け、到着したのは訪問先の【ドット農園AGRICOLA DOTTO】。ラディッキオ生産組合に属する農家の一つで、4世代にわたりラディッキオ・タルディーヴォを生産しています。ここでは収獲から梱包まで全て手作業で行なわれています。

ラディッキオを栽培している畑は10ヘクタール。ラディッキオ・タルディーヴォの作付けは3年ごとで、残りの2年は小麦やとうもろこし、雑穀類を栽培し、土を休ませ栄養を補給します。ラディッキオは畑の栄養を大量に吸い取る食欲旺盛な植物だそう。

たしかにその生命力がせまってくるような、どっしりたくましい風貌。これがどうすればあの可憐な花のような形になるんでしょうか?その不思議にますます興味がつのります。

ラディッキオ・タルディーヴォの生産工程

収穫した後、根付きのラディッキオ・タルディーヴォをカゴに野菜をきっちりと詰めていきます。【ドット農園】ではプラスチックではなく、30年前から使用している鉄製のカゴをそのまま使っています。これを工場内の暗室に設置した大きな水槽に並べていきます。この水槽には地下水が絶えず流れており、生産者によってさまざまですが、このプールに約14日から18日間収獲した野菜をつけっぱなしにしておきます。ラディッキオ・タルディーヴォはこの間、腐ることなくたくましく生きながら新たな根っこを生やします。もともとある太い根と、新しく生えてきた細い根はどんどんと水を吸収していきます。実は、ラディッキオ・タルディーボのその花のような可憐な姿とおいしさの秘密は、この水にあるのです。


トレヴィーゾ地方一帯は、非常に水分を多く含む土壌質で、アドリア海に流れ出る、90kmの長さのシレ川もこのエリアにあります。シレ川からはミネラルを一般の水以上たっぷり含んだ水が流れてきます。【ドット農園】では工場にある、地下200メートルの井戸からの自然水を水槽に引き入れています。ラディッキオ・タルディーヴォの根がこれを吸収しているあいだ、光を浴びさせないためクロロフィルが増殖せず、葉は緑色から鮮やかな紫色に、茎は真白く変化していきます。

茎の部分も、畑からもぎとって食べたものはほろ苦く、ガシガシとした歯ごたえだったのが、水を含むことにより地元の人が言うように“クロッカンテ”、つまり香ばしくカリッとした食感になるのです。苦味も消えてしまいます。同じ行程を他の地方の水でも試みたそうですが、不思議なことにまったく色も味も変化しないそうです。

ラディッキオ・タルディーヴォは唯一この地域の自然水でしか生産できない野菜なのです。
シチリアの“アランチャ・ロッサ“(ブラッドオレンジ)がエトナ火山の影響で赤く染まるように、パルマの高級生ハム“クラテッロ”が産地の独特の気流と湿度によって肉が自然熟成するように、このラディッキオ・タルディーヴォもこの地方の水の力により、おいしく美しく変貌するのです。人工的な物質は一切使わず、こうして土壌や山、川や気候など自然が織り成す偶然の組あわせから生まれる伝統食材。イタリアの自然とは本当にすごいものです。
絶え間なく水にさらされているラディッキオ・タルディーヴォを指して「私達の地下水には金の価値があるのです。」と言った4代目オーナーステファノさんの言葉が印象的でした。

くっきりと色が変化したラディッキオ・タルディーヴォは水槽から引き揚げられ、泥がついた根っこを切り落とす作業にかかります。作業場に入ると、ものすごい泥の匂いが。

中央の作業台で文字通り泥まみれになって、刃を動かしているのは農園の2代目のオーナーシルビオさん。なんと85歳!早く確実な手つきで根っこを切り落とす姿は、まるで彫刻の職人そのもの。泥のついた根っこの束を周りから切り落とすとだんだん中心部の白い根が見えてきます。この白い根の長さは6cm以下、直径3cm以上という生産者協会の規則があり、規定に外れるとIGPを名乗ることができません。【ドット農園】の作業では、ものさしで計りながらカットしている人は誰もなく、みんなの手が記憶しているのかきっちり同じ長さに一律に切りそろえられていました。

この作業を機械で行なう業者もありますが、金属にあたると商品に傷がいくという理由で、【ドット農園】では今でも全てやわらかい人の手を使い、専用の刀で一つ一つの行程をこなしていきます。

「もうこの仕事をはじめて70年になりますよ。」と手を止めることなく話しだすシルビオさん。
「今でこそラディッキオを地下水につけますが、3、40年前までは馬小屋の肥しの中につけていました。肥しは水分を含むのでね。そこから現在のような水につけるというシステムが考えられたんですよ。」「毎日ラディッキオ・タルディーヴォを食べていますよ。オーブンでグリル焼きにしてね。」

根を取り除き、ちょうどクオーレ(中心部)だけが残ったラディッキオ・タルディーヴォは地下水が入った桶に入れられ、今度は周りの少し開いた葉を取り除きます。取り除いた部分も十分おいしいので、これはリゾットやパスタの具にするためレストランなどの業者にバラで販売します。
それにしても寒い!
素手で水の桶に手を突っ込み作業を続けるスタッフ。「冬場はこの地下水が温かいと感じるんですよ。だから寒いときには桶に手をつけるんですよ。」とシルビオさん。
全身泥と流水にまみれながら、凍りつくような作業場で毎日何時間もこの仕事を続けるスタッフたち。昔からヴェネトの人はイタリア一働き者でガマン強いと言いますが、この作業を目の当たりにして心底納得。

残った中心の部分は、1個まるごとで販売されるのですが、まだここからさらに2段階の品質に分けられます。縦に長くしまりがあるのが1級品。ぽてっと短く、葉が細く、先のしまり具合にバラつきのあるものは2級品となります。収獲したラディッキオは約1,2キロ。全ての20日間の作業を終え、最終商品となったラディッキオはなんとたったの0,2キロ。全体の70%以上を失うわけです。

完成されたラディッキオ・タルディーヴォは、まるで花を出荷するように押しつぶさないよう丁寧に化粧箱に詰められます。この化粧箱は生産者組合が許可した生産者だけに配布されるもので、IGPマークが印刷されています。また箱の蓋を閉じるシールにも一つ一つ番号がついています。消費者が流通履歴を確認できるようトラサビリティシステムが徹底されているのです。
というわけで、この野菜が高い値段にはこんな理由があったのです。

【ドット農園】では現在、10ヘクタールの畑でラディッキオを栽培していますが、畑面積をもっと増やしたいものの、収穫量に伴い水槽を設置する場所や人手がさらに必要となるため、他の野菜のように生産量を増やしたいから畑を拡大する、ということができないそう。どんな作物も収穫後すぐに市場へ販売されますが、ラディッキオ・タルディーヴォは収穫後に20日間もの加工作業が必要という点でも世界で他に類をみない珍しい野菜なのです。

葉は色鮮やかな紫色で芯は雪のように白く。
カリッとした噛みごたえ。肉厚でジューシー。
苦味がなく、さわやかでデリケートな風味を持つのが最高級のラディッキオ・タルディーヴォまのです。

ラディッキオ・タルディーヴォ料理
さてこのラディッキオ・タルディーヴォ、どのような食べ方をするのでしょうか。

農園訪問の後、地元にある郷土料理のレストラン『I・SAVI』イ・サーヴィへ。レストランのエントランスには、ラディッキオ街道協会の看板があり、ラディッキオ・タルディーヴォがここの名物料理に使われていることがわかります。

アンティパスト(前菜)はイノシシ肉の塩漬け、ラディッキオ・タルディーヴォのマリネ。
白ワインとリンゴ酢、きび砂糖に漬けたマリネ。ラディッキオはタマネギのように甘みと、肉厚でしっかり噛み応えがあり。これは美味です。苦い味を想像していたので驚き。

もう一品、シェフのお勧めで前菜がでてきました。こちらはラディッキオ・タルディーヴォのスフレ、パンチェッタ添えモンタシオチーズ(ヴェネト名産のチーズ)ソース。ラディッキオが細かく刻んでタルトの中に入っています。

そして絶対にはずせないのが郷土料理の代表格、ラディッキオのリゾット!
実はこれ、だいぶ前から食べたかったのです。
銅の鍋から取り分けてくれました。
パルミッジャーノチーズとバターをたっぷり加え、煮詰められた紫色のリゾット。
クリーミーでラディッキオの食感もあり満足の一皿。

デザートはラディッキオのクロスタータ。
ラディッキオをジャムにしたものをのせて焼いたタルト菓子です。ラディッキオは苦味がなくフレッシュなジャムになっていました。

シェフのフランチェスコ・ベネットン氏

この野菜は、生でかじるとカリッとしたここちよい食感があり、またその美しい容姿でサラダも一層華やぎます。一方、グリルなど加熱すればしたで今度は茎のジューシーな部分から甘みが出て、また生のそれとは違ううまみがあります。細かく刻んでリゾットやパスタに入れたりするのもポピュラーです。さらにラディッキオ・タルディーヴォはイタリア料理だけではなく、たとえば冬の鍋料理に入れたり、中華風にオイスターソースといためたりしてもおいしそうです。その華やかな形を生かし、お祝いやおもてなし料理などにも最適でしょう。

ローマに戻ってから市場でこの“冬の花”を見るたびに、シルビオさんのシュッシュと根を丁寧に切り落とす手つきを思い出します。ヴェネトの人のまじめさと、伝統食材に対する強い誇りがなければ、こんなに手間のかかる野菜は存在しなかったかもしれません。金の水と職人の手によって開花した冬の花ラディッキオ・タルディーヴォ。まぎれもなく世界唯一の野菜です。

データ:

ラディッキオ街道協会
Strada del Radicchio
http://www.stradadelradicchio.it/

ドット農園
Societa Agricola DOTTO Giovanni & Gino s.s.
Via Torre d'Orlando 8, - 31100 Treviso

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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