episodio35
京都祇園。日本酒とワインの愉しめる炭火焼の店『なかむら』。京都の食事情を知り尽くす友人がぜひに!ということで、この夏一時帰国した際訪れた話題の店。
たった数席のカウンター席の前には炭火の炉。
その前に立つのはご主人の中村さん。ひとつひとつの素材と向き合って、それらの食材をどう調理をして食べるのが一番おいしいかということを熟考されているのがわかります。
カウンターの席から見える炭火の炉に次々とのせられていく、新鮮な野菜、熊本の地鶏、尾崎牛。一秒も狂いのないその焼き具合。うまみを一切逃がさずに素材そのものの美しい色、匂い、味わいをそのまま堪能できるのです。
丁寧に木箱に入れられた、ナス、たけのこ、ズッキーネ、トマト、とうもろこし、オクラ、パプリカなどの色とりどりの野菜。まさにお寿司屋さんのネタのよう。
香ばしく焼かれたズッキーネ。ジューシーながらも中心の白い部分もしっかりした歯ごたえ。噛むほどに甘みがあってこれは絶品。とうもろこしをがぶり。わっ甘い!プリプリした肉厚のピーマンのほどよい苦味。どれをとってもそれぞれの個性をしっかり発揮している野菜たち。
トマトも焼かれます。野菜の下にはイタリア米カルナローリがひかれていて、最後にこのトマトをスプーンでつぶしながらごはんと一緒に食べるのです。トマトの赤い果肉がソースのようになってお米に絡みます。口に運ぶと、なんとリゾットではありませんか!最後になんとも心憎いサプライズあり、野菜だけなのにとっても贅沢な一品でした。やはり野菜そのもののおいしさがなければこれほどの満足感のある一皿にはならなかったはず。
この祇園『なかむら』のおいしい野菜たちは、“テヌータ・カンピ・フレグレイ”という農家から仕入れています。実は福岡で農業を営むシルビオさんというナポリ出身のイタリア人が栽培したものなのです。もともと料理人であったシルビオさんは結婚後、日本に移住し福岡のレストランで料理人として働いていたものの、自分が納得できる野菜が手に入らないことにとても苦労し、自ら農業を始めることを決心。奥様の愛さんと共に農業研修を積み、経験を重ねながら、今では有機肥料を使った自然農法を主流とした野菜作りを行っています。最近ではビオディナミ農法も試作しているそう。
シルビオさんの出身地、ナポリ近郊のフレグレイ平野は海に近く、また肥沃な土壌に恵まれた自然豊かな地域。福岡の津屋崎がある現在シルビオさんが営む農園もまた同じく海の幸、山の幸に 恵まれた土地であることから、ここでおいしい野菜が栽培できることを確信したそう。
シルビオさんの地元名そのままに“テヌータ・カンピ・フレグレイ”とネーミングされたファームでは、6へクタールほどの畑でズッキーネやトマト、ロマネスコ、ブロッコリなど、イタリアを代表する野菜を中心にざっと100種類近くの作物を自然栽培しています。100種類とは結構多いですね、と訪ねると「どうしても料理人の目で見てしまい、作りたいイタリア料理に足りない野菜があると栽培しまう。」のだそう。
昨年には畑でとれた作物や自然雑貨などを直販するお店『A-PUTEC アプテク(ナポリの方言で何でも揃うという意味)』をオープン。「このあいだ開催した開業1周年記念のパーティにはなんと100人もの人が集まってくれました。」とすごくうれしそうに語るシルビオさん。その人気ぶりが伺えます。また、京都祇園『なかむら』のように“テヌータ・カンピ・フレグレイ”の野菜は銘店のシェフからも注目を集めています。
今年の7月には佐賀県の古湯温泉ONCRIにて田中シェフとのコラボレーションディナーを開催。野菜主役のエキサイティングなディナーにたくさんの人が参加、大好評のイベントとなりました。 “テヌータ・カンピ・フレグレイ”ではさらに、イタリアスローフードの哲学に基づいたワークショップや農業体験、料理教室などのイベントを開き、とれたての作物のオンラインショップもはじめ、こつこつとイタリア野菜のおいしさを伝える活動を行っています。
「まだまだ畑のほうが忙しすぎてとても手が回らないけれど、いつか、アグリトゥーリズモを経営し、そこで自分の栽培した野菜を使った料理を提供したいですね。」と将来の夢を語るシルビオさん。アグリトゥーリズモとはイタリアで若い農業家たちによってブームとなった、アグリ(農業)+トゥーリズモ(旅)というバカンスのスタイル。つまり農家が経営する宿に滞在し、農家がつくる新鮮な作物によって作られた料理に舌鼓をうち、自然の中で植物や動物とゆったり過ごすというもの。健康的でホテルよりも安価なため人気が沸騰。アグリトゥーリズモビジネスは若い農業家により成功したイタリアの農業の新境地でもあるのです。
ナポリというイタリアの中でももっとも食文化の豊かな地域で生まれ育ち、おいしさへの情熱から料理人となり、そして現在日本で農業家としてがんばるシルビオさん。味覚の知識、審美眼を生かしながら農業を面目一新し、健康的な食生活とライフスタイルを福岡から発信するパイオニア的存在です。日本で、料理を通してイタリアの文化を伝えるイタリア人シェフたちは今までにも数々いましたが、シルビオさんは農業を橋渡しにした唯一のイタリア人。日本でも、そしてイタリアでも彼のこれからの活躍に、多大なる関心がよせられているのは言うまでもありません。
データ
テヌータ・カンピ・フレグレイ
福岡県福津市奴子山1213-2
http://tcf-a.net/
日本酒とワインと炭火焼 なかむら
京都市東山区縄手通新橋下がる弁財天町13-1
祇園ホワイトビル2F
Tel 075-531-5865
ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)
京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。
AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。
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