グストイタリア野菜紀行

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Episodio19

ユネスコ世界無形文化遺産に認定 野菜が主役の『地中海式ダイエット』とは?

長い冬が過ぎたかと思うと突然の春の訪れ。そしてもう5月初旬には真夏日がやってくるとの予報。やっと気持ちのいい気候になりうれしいものの、その反面イタリア人のほとんどが共通のやっかいな試練をかかえています。それはダイエット。クリスマスにニューイヤー、イースター祭りなどなど冬のあいだに飲みすぎ食べすぎを続けた結果、鏡を前にみんないっせいに青ざめるのがこの時期。ついこの間までコートを着ていたのに、毎年5月に入ると残酷にもどこのブティックにもいっせいに色とりどりの水着が並びだします。それと同時にテレビコマーシャルや雑誌はダイエット食品やフィットネス器具などの宣伝であふれかえり、スポーツクラブに入会する人や公園でジョギングに励む老若男女が急増して、もう全国ダイエットバトル!みたいな雰囲気。
海水浴好きのイタリア人は少々寒くともこの時期になると、われ先にと週末には近郊の海岸へ繰り出します。自己顕示欲の強い彼らにとって、冬のあいだにぽってりと膨らんだ下腹ではおしゃれな水着を着こなせないどころか、ビーチでのナンパ成功率もこれでは望み薄。

ダイエットといえば、2年前にユネスコ世界無形文化遺産に認定された『地中海式ダイエット』があります。“ダイエット”といっても実はこれは“食事制限”のことではなくイタリアをはじめとしてギリシャ、スペイン、モロッコ、南フランスの地中海付近の国における60年代に経済ブームが起こる前の伝統的な食生活そのもののこと。

これを現代人が行うべく理想的な食スタイルであると提唱したのは、アメリカ人の生理学者アンセル・キース博士。彼は戦後のアメリカ人とヨーロッパ人を比較、貧困に苦しむ地中海地域のヨーロッパ人が、その当時世界でもっとも豊かな暮らしをしていたアメリカ人の10分の1の心臓病の発症率であるということに注目。ミネソタ大学で疫学の研究を続けた博士はフィンランド、日本、ギリシャ、イタリア、オランダ、アメリカ、ユーゴスラビアの7カ国を対象に、40歳から59歳までの1200人の心臓疾患の状況を20年間にわたり調査を行いました。この結果フィンランドやアメリカに比べ、イタリアやギリシャは極端にコレステロールレベルが低く、心臓疾患が少ないということがわかります。(その次が日本)南ヨーロッパ諸国が貧しいがゆえに人々が健康、長寿であり、逆にアメリカの豊かさがネガティブな結果をもたらしたということに世界中から驚きの声があがったのでした。キース博士はヨーロッパ人が脂肪分をたっぷりとるにもかかわらず心臓病の発症率がアメリカ人に比べはるかに低いのは、野菜と果物、オリーブオイルをたっぷりとるというシンプルな食生活によるものであるとうことを発表しました。さらにイタリアは世界でも最も長寿国の一つに入っているということもこの食スタイルの重要な効果としてあげています。今でこそ“血中のコレステロールは下げたほうがよい”といった認識がありますが、これはこのキース博士が1980年に発表した地中海式ダイエットの調査結果を本にしたことからも広がったといわれています。
博士はこの研究をつづけるため南イタリアの田舎、チレント地方のピオッピ村に住居を移し40年以上もそこに暮らし、2004年に100歳で死去しました。まさに『地中海式ダイエット』を自らが身をもって証明した偉大な学者、とその朗報は大きくニュースでとりあげられました。

さて、その『地中海式ダイエット』とは具体的にどのようなものなのでしょうか。キース博士による理想的な食生活はこのピラミッドにあらわされます。

毎日の毎度の食事にたくさん食べるべき食品
野菜/果物/オリーブオイル/雑穀類(麦や全粒粉小麦のパスタ、玄米など) 豆類/ドライフルーツ/チーズ

1週間に1,2回食べるべき食品
青い背の魚/鶏肉/たまご/お菓子

1ヶ月に1,2回食べるべき食品
赤身肉

飲み物として、水が1日グラス6杯、赤ワインは2度の食事にグラス1杯ずつ。アルコールといってもワインはブドウに含まれるポリフェノールが動脈硬化を防ぐ作用があり、マグネシウムは血液をサラサラにしてくれる要素があります。適量のワインの日常的な摂取も地中海諸国の長寿の原因の一つとキース博士は解き明かしています。
そしてさらに重要なことは、このピラミッドの土台にある日常的な運動(Daily Physical Activity)です。戦前の人は現代人がコンピューターの前で座り続け、移動に車を使う生活スタイルよりもあきらかに運動量が多く、せめて歩行やジョギングなどを日常的に行うこととされています。

 

長年イタリアに暮らして思うのはイタリア人の食べ物に対する関心が他国よりも敏感であるということ。ジャンクフードを食べて育つ子供やインスタント食品で食事をすますという人々が本当に少ないのは、国全体の食育のレベルが一般的に高いということを証明しています。現代のイタリア人の食生活は戦前のそれとは大きく変化したけれど、それでもこの国の豊かな農作物、それを材料にして作られる郷土料理はあくまでシンプルなものであり、特に野菜は食卓の主役。そんな食生活を代々続けているイタリア人は男女ともに骨格はがっちりしていてもアメリカのように極端な肥満の人はほとんどみられません。

“健康のため”というよりも“他人にいい格好を見せたいから”というイタリア人の必死のダイエット。1年を通してではなく、この時期になったら急にダイエットをはじめるのも過剰な自意識がどうにも抑えられない証拠なんですね。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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