Episodio16
田んぼに生える雑草を7種類摘み、お粥に入れて節句の朝(1月7日)に食べる「七草粥」。この料理には、早春に芽吹く邪気を払うという言い伝えがあり、新年の無病息災を祈って食される習慣が古くからあります。確かにこの七草は薬草であり、正月の味の濃いおせち料理で疲れた胃を休める効果があり、野菜の乏しい冬場に適した料理。
ここイタリアでも冬場にはたくさんの雑草「ミスティカンツァ」を食べます。
「ミスティカンツァ」とはイタリア語でミックスという意味。1月にもなるとまさにあらゆる野の草を混ぜた雑草が市場のあちこちに山積みにされています。日本の七草のように野や山に自然に生えている野生の草なのです。ミスティカンツァと一言で言ってもそこに含まれている野草はいろいろな種類があって、その種類に決まりがあるわけではありません。その時期に摘み取られた雑草で混ぜ方もまちまちです
先日あるローマの老舗トラットリアで食べた「ミスティカンツァのサラダ」。数種類の雑草の新芽の部分だけをカットして盛り合わせたものにオリーブオイル、アンチョビ、こしょう、にんにくをすりおろしたものであえてあります。
ポルチェッラーナ(スベリヒユ)
中国やトルコなどでも食べられる野草。日本でも山形では茹でて芥子醤油で食べる山菜として、また干して保存食として食べられている。茹でると独特のぬめりがあります。生の葉の汁には毒虫などの虫さされに、また解毒、膀胱炎、排膿などにも作用するといわれています。
ピンピネッラ(アニスの葉)
古代エジプト時代から薬効が知られていた古い薬草。種子はその後商人によってヨーロッパへ伝えられ、同時にその薬効も知れ渡ることになり、魔よけにも使われた。古代ローマ時 代には、皇帝貴族の豪華な宴会のごちそうのあとにも消化促進として食されていた。
“雑草のサラダ”というと苦い味わいを想像してしまいますが、新芽だけなので渋味はなく、ヨモギや生の菊菜を思わせるようなやさしい苦味があり美味。普通のサラダとはまた一味違うおいしさです。
サラダは新芽だけをカットしなければならずなかなか手間がかかりますが、もっと一般的な「ミスティカンツァ」の食べ方は、茹でてから炒めたもの。茹でるのも、日本のおひたしのように芯を残してしゃきっと茹でるのではなく、クタクタになるまで火を通します。茹で上げた野菜を絞ったあと、今度はたっぷりのオリーブオイルににんにく、塩、ぺペロンチーノで炒めるわけです。この食べ方だと新芽も含め雑草の茎の部分まで全部食べられるのです。
市場でさっそく旬の「ミスティカンツァ」を仕入れてきました。田舎の山などに行くと必ず大量に生えている薬草ボッラージネ(ルリジサ)、チコリ、ビエータ、マルゲリータ(雛菊)のミックスです。まずは土もたくさんついているのでざっと水洗い。
ボッラージネは葉に生えている毛がちくちくして痛いし、タンポポの葉みたいな形のマルゲリータもゴワゴワした手触り。チコリは茎が固くて一見こんなもの食べられるの?!という感じ。実は始めて市場で「ミスティカンツァ」を見たときはちょっと抵抗がありました。いかにも苦そうなんです。茹でたあとの水なんか、ほうれん草を茹でた時のような薄い緑色でなく濃いカーキー色に染まります。薬草を煎じた水なのでこれも栄養が含まれているのでしょう。
でもこうして茹でて炒めてできあがった「ミスティカンツァ」は意外にもやさしい口当たり。少し苦いアロマがありますが、この苦味にもまた野生のうまみを感じます。いろいろな雑草が入っているので風味にグラデーションがあるのもまたおいしいところ。茹でて炒めるとかなり嵩が減るので栄養たっぷりの薬草がたくさん食べられるのもうれしい。ボラジネは強壮効果ありストレスなどの精神の疲れにも作用することから古代ローマ時代には“勇気のシンボル”と呼ばれていたハーブ。おいしくて健康にもよい!
今度は七草粥にちなんで「ミスティカンツァのリゾット」でも作ってみようかな。
ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)
京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。
AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。
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