グストイタリア野菜紀行

前へ目次次へ

Episodio11

ローマ切り売りピザの店『ピッツァーリウム』おいしい音のする野菜ピザ

食の宝庫イタリアで最も庶民的でポピュラーな食べ物、それは“ピッツァターリオ”。イタリアではピザというと2種類ある。ピザと聞いて誰もが思い浮かべる薄い円形のものと、大きな四角い天版で焼いたものを切り分けて食されるピッツァターリオ。前者の円形ピザはテーブルに座ってナイフとフォークで食べなければならないが、切り売りピザは立ったままいつでもどこでも片手で食べられる。量り売りなのでちょっと小腹がすいたときにおやつとして少量を買うこともできるし、少しずついろいろな種類をお持ち帰りし、それで一家の昼食や夕食にする人もたくさんいる。都会から田舎まで、海辺にも山岳にも必ずピッツァターリオのお店があるし、また一般的に夜遅くまで開いているのも特徴で、コンビニがないこの国で1人暮らしをするイタリア人には唯一の救いの場所ともいえる。日曜日には家族で大量にピッツァターリオを買い込みテレビでサッカーの試合観戦をするのはイタリア人の典型的な週末の過ごし方。まさにイタリア人の生活に欠かせないこのピッツァターリオ、何よりも安くておいしいのがその人気の秘密だろう。

これほどまでにどこにでもある庶民の食べ物ピッツァターリオだが、ローマにある『ピッツァーリウム』はちょっと他のそれとは1線を引いた切り売りピザの店。

一般的な切り売りピザの店では、野菜のオイル漬けなどトッピングするものは業者からもうすでに加工調理されたものを仕入れて使う。できあがったピザ生地自体を業者から購入いるところも多い。つまり店内ではピザ生地を伸ばしてそこへ具をのせてオーブンで焼くだけだ。

『ピッツァーリウム』はまず素材を厳選するところから始まる。ピザ生地は『ムリーノ・マウロ』というピエモンテはクーネオにある老舗の小麦メーカーの粉のみを使用。この小さなメーカーではいまだに石臼で小麦を挽いているイタリアでも貴重な製粉所だ。ここの6種類の有機栽培の軟質小麦粉と穀物をセレクトし、ピザの種類によってブレンドの割合を変える。この粉に果実からとった自然酵母を混ぜゆっくり発酵させる。外側は香ばしく中心は弾力のあるもっちりとした生地ができあがる。

この生地にトッピングされる食材もまた素晴らしい。季節ごとに使う素材を変えるので頻繁にそのメニューが変わる。特に旬の野菜を使うことが多くそれらをチーズや生ハム 高級牛肉と組み合わせる。ここでは野菜は添え物ではなく主役。一流レストランで使われるような食材がふんだんに盛り込まれるピザのバリエーションは年間でざっと2000種類。ピザ生地を焼きあげ、その上に別に調理した具材をのせるのが『ピッツァーリウム』流。上にのせる野菜のフレッシュなおいしさ味わうためだ。ここも生生地に生の材料をのせて一気に焼き上げる他店との違いである。

たとえば夏の定番“3種類のトマトのピザ”は、焼きあがった生地にセミドライにしたパキーノトマトをペーストにしたもの、そして2種類の産地の違う生のトマトをカットしてのせたもの。旬のトマトのバリエーションが楽しめる。

もう1つの人気ピザは、トマトソースにジューシーな水牛のモッツァレラチーズ、バジリコのピザ。こちらも他店とは違いモッツァレラチーズとバジリコは焼きあがった生地の上にたっぷりと生のままのせられる。びっくりするほど大量にのせられたバジリコが青々とおいしそう。

またズッキーニを薄切りにしローストしたものに羊のミルクのリコッタチーズ、9種類の胡椒、アマルフィ産のレモンの皮をすったものを、これまた焼きあがった生地にのせたものも絶品。歯ごたえのいいズッキーネ、リコッタチーズのミルクのやさしい味わいを胡椒とレモンの風味が包み込む。

口の中で香ばしいピザ生地と溶け合って絶妙なおいしさ。通好みの一品は、ピエモンテ産の牛肉の薄切りを外側だけローストし“たたき”の状態にしたものを塩と砂糖でマリネし、トマトソースを塗った生地にこの“たたき”をのせ、さらにルーコラをたっぷり盛ったダイナミックなピザ。1キロ50ユーロと価格も最も高いがこれは食べる価値アリ。

全てのピザに共通するのはピッツァターリオの特有の重たい油っこさがないということ。極上のオリーブオイルをたらすだけで食材のうまみをカバーしてしまうようなオイルの使い方をしていない。

32平方メートルの小さなキッチンで生地をこね、オーブンで焼きあげ、新鮮な素材を調理し盛り付ける。ピザ屋というよりレストランの仕事である。

この切り売りピザの殿堂『ピッツァーリウム』の主人は、プロレスラーに間違えられるという巨体のガブリエレ・ボンチ氏。2メートル近い体の太い2本の腕が力をこめて豪快にピザ生地を練るところは、一種の武道の練習のようでそれだけで見ものである。14歳のころからレストランでの修行を始め今年ですでに20年のキャリア。『ピッツァーリウム』の前はローマ中心部にある高級レストランでシェフとして働いていたそう。そこで高級な料理というものはお金持ちしか食べられないという世の中の構図に納得がいかず、子供も貧困層でも誰でも食べられる切り売りピザの店を思いつき、自ら投資してオープンしたのが7年前。今では切り売りピザではローマ一の人気店となった。ボンチ氏は毎週朝の料理番組でピザ作りを披露したり、市内のパン屋のパン教室の講師としても引っ張りだこ。それでも必ず自ら店に立ち年中無休で休みなく働く。常連はかならずしも近所の住民だけではない。遠くからも車をとばしてこのボンチ氏のピザを食べにやってくる人も多い。

お持ち帰りもあればお店で立ち食いする人も。

飲み物はイタリア産の地ビールもしくはボンチ氏が大好きという地元ピエモンテのワインから選べる。どんなにピッツァターリオが流行ってもここのピザは一味も二味も違う。

「ここのピッツァターリオを食べると他の店のはもう食べられないね。」と毎日のようにお持ち帰りするという『ピッツァーリウム』ファンのおばさん。

ボンチ氏によるとおいしいピッツァターリオは「かじったときによい音がすること。僕は野菜のおいしさも噛んだときの音で判断するからね。よい素材は必ずいい音がする。」のだそう。そんな話をしているところへトマトソースとルーコラのピザができあがってきた。サクッ、シャキッ、カリッ。焼きたてのピザ生地の香ばしい香りに噛み締めるたびにじゅわっと染み出る甘いトマトソースとルーコラのフレッシュな苦味が音となって耳に響く。おいしさがいつまでもこだまする『ピッツァーリウム』の野菜ピザ。今度はどんな音が聞けるかな。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

このページの先頭へ