グストイタリア野菜紀行

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Episodio10

ハーブの香り漂う島サルデニア州立森林保護協会を訪ねて パート2

植物研究農園訪問後、マルコ氏とカルロ氏と一緒に地元料理が食べられるレストランでのランチへ。

車の窓から大自然の景色にうっとりしながら外を眺めていると実際に研究農園で見せてもらったいろいろな木が確かに森の大半を占めていることに気がつきました。たとえばコルクの木。コルクは今でこそワインのボトルの栓として使われていますが、昔は食器や靴の裏底としても使われていたというだけあって、本当にたくさん生息しています。

レストランに到着する前にマルコ氏が「この地方で一番大きく長生きしている木を見て行くか」というので思わずうなずくと、なんと500年以上の寿命があるという場所に連れていってくれました。よく見るとその大木はオリーブ。今までトスカーナやウンブリアで何度もオリーブ園を訪ねましたがこれは同種と思えないほどの巨大さ。その曲がりくねった幹や枝には長い長い年月が読み取れて、近寄ると今にも歩き出しそうな迫力。本当にサルデニアって何もかもが想像を超えていて、驚きの連続!

寄り道をしてやっとレストランに到着。

まずは、これをなくしてサルデニアの食卓は成り立たないという郷土パン「パーネカラサウ」。イタリアにはこれによく似た「カルタ・ムージカ(楽譜という意)」がありますがこちらのほうがもっと薄い感じです。パンというよりもパリパリした紙のように薄いチップス。半年以上の長期保存ができるので、羊飼いが放牧に行く時に持参していたそう。上質の小麦粉とイースト、塩だけでできた素朴なパンですが地元産のオリーブオイルとローズマリーがたっぷりとかけてあるだけでやめられないおいしさ。これだけでもうワインがすすむのです。

そしてそら豆をゆでてオリーブオイルとにんにくで炒めたもの。素朴ながら豆の甘みを感じます。

プリモピアットは伝統的なパスタ料理「フレグラ」。アーティチョークの入ったサフラン風味。「フレグラ」とはパスタ生地を小さな球状にし、オーブンで焼いたもの。これはアサリやハマグリなど魚介とスープにしたものもありカリアリの郷土料理として有名。パスタでも米のような食感で日本人には親しみのある風味。

「フレグラ」を食べたあと、またまたパスタ料理が。なんだかお菓子みたいな形のパスタです。これは「クルルジョニス」といって肉でとったスープで茹でたジャガイモのピュレトとにんにく、羊のチーズ、ミントを混ぜたものを包んだラビオリ。トマトソースをかけることもあります。もっちりとした分厚い生地にボリュームたっぷりの具が入っているので1個でおなかがいっぱいに。

待ってました「ポルチェッドゥ」!“マイアリーノ・ダ・ラッテ”とよばれる乳のみ仔豚の丸焼きです。大人の豚は100キロ以上あり、イタリアで一般的に仔豚よ呼ばれるものは生後6ヶ月から1年くらいのものを指します。サルデニアで食される「ポルチェッドゥ」それよりももっと小さな生後2,3ヶ月の仔豚のことです。これほど小さな仔豚はやはりこの島以外ではなかなか食べる習慣がありません。「ポルチェッドゥ」はオーブンで焼くのではなく、石の壁の円形状のスペースを作り、そこへ穴を掘り砂の上に仔豚をまるごと串刺しにしたものを土に挿して蒸し焼きにします。

半日ほどかけて長時間かけてじっくり焼くのが特徴で、こうすると皮だけがパリっと焼けるのです。身は色も白く、きめが細かく、そのやわらかさといったら大人の豚と比べ物になりません。パリッとした薄い皮を噛むと肉汁がじゅわっと出て、かみ締めるほどにミルクの味わいがします。蒸し焼きにする時からミルトの葉で包んで焼くのが伝統的ですが、必ずお皿にもミルトの葉がたっぷり添えられてきます。このお店では仔豚の血を全体に塗って焼いたので皮が黒くなっていました。なんだかもうイタリア料理の域を超えています。

この料理たちにお供をしてくれたのがもちろん地元の赤ワイン。モニカというこの地方独特の品種です。小さな赤い実のフルーツを思い起こさせるような果実味がたっぷりでミルトの香りも連想させます。すっきりとした心地よい飲み口でマルコさんもカルロさんも結構何杯もおかわりされていました。昼食時だからといって遠慮したりしないのがまたサルデニアの人らしくこちらもついついそのペースにのってしまいました。2人とも生粋のカリアリ人で「今度は聖エフィジオ祭(サルデニアのお祭りの中でも最も豪華といわれる5月にある大きなお祭り)にぜひ来るように。」と何度も念をおされました。カルロさんは毎年民族衣装を着て、これまた着飾られた馬に乗り街中を練り歩くパレードに参加するそうです。「馬も人間以上にそれは誇らしく歩くんだよ。」と満面の笑み。サルデニアの人と彼らの文化や歴史の話をすると本当に時間はあっという間に過ぎてしまいます。

ランチのあと、今度は近郊にあるサルデニアの特産であるフィノッキオなどの野菜を栽培する農家へ案内いただきました。ヴィタリアーノさんが経営する4,5ヘクタールの畑です。 まずはグリンピース。イタリアではこれをベーコンとタマネギと炒めたり、リゾットに入れたりいろいろな食べ方があります。成長しかけている豆をもぎとって味見させてもらいました。「甘い!」

イタリア料理には欠かせない香草、さわやかな苦味のある【プレッツェーモロ】イタリアンパセリです。これはイタリアのほかの地方のものに比べて香りが強い。

こちらは【ファジョッロ】サヤインゲンです。かじるとカリッと音がしそうな歯ごたえのよさ。これも甘みが充分あります。茹でてオリーブオイルとレモン、塩で食べるのが一般的。

花のように咲くレタスの一種【ラットゥーガ・ロマーナ】。これはしっかりした苦味がありジューシー。パリパリといくらでも食べられそうです。

ヴィタリアーノさんが持っているのは【コペットーネ】という品種の丸いレタス。さっき苦味のあるラットゥーガを食べたからか、とても甘くやわらかい味わいがしました。一緒に案内してくれているカルロさんも丸ごと1個手に持ってむしゃむしゃとおいしそうにかぶりついていました。

土を掘り返し何をしているのかな、と思うとゴロゴロとジャガイモがでてきました!【パターテ・スプンタ】というジャガイモ。6月と11月の2回収穫します。

イタリア野菜の代表格【ズッキーナ】です。ニンニクで炒めるだけでもおいしいのですが、オムレツにしたり、パスタに絡めたりとイタリアの食卓の万能選手。

こちらはズッキーナの花。これにモッツァレラチーズとアンチョビをつめてフライにしたり、ピザの上に乗せて焼いたりします。見事に開いた新鮮な花をくずさないように摘めばすぐに市場に出荷されます。

他の野菜よりも広範囲にわたって栽培されている【フィノッキオ】。実が半分だけ畑から顔を出している状態。肉厚で歯ごたえがよく、ミントのようなさわやかな風味の中にも甘みがあります。サラダにしてもおいしく、またベシャメルソースをかけてグラタンにして食べる料理もあり、生でも火を通してもどちらでも食べ応えのある野菜。

ヴィタリアーノさんが中を割って見せてくれました。実が細い左はできとしてはよくないそうで、実が丸く上に枝が4本出ている右が質のいいフィノッキオです。

みずみずしい【ビエートラ】。茎の部分は白く全体的に肉厚な野菜で、茹でてからニンニクとオリーブオイルで炒めたりします。

野菜だけではありません。果実もいろいろな種類が少しずつ栽培されていました。これはスモモです。

こちらは洋梨。

アーモンドの木。実を割ってみるとちゃんとアーモンドの実ができてきていました。

サルデニア州立森林協会が管理しているのは植物だけではありません。森に生息する野生動物も同じように保護されています。カリアリ近郊にあるこの協会の動物保護センターでは、獣医などのプロから成るチームにより植物と同じく絶滅しかけている動物の繁殖や怪我をした動物のケアを目的とした業務が行われています。

こちらは珍しい種のカメの繁殖。1匹1匹の甲羅に番号がうたれています。ある程度成長すれば野性に戻すため森の沼地に移すそう。

繁殖場に到着しました。たくさんの黒い鳥が見えます。何の鳥でしょうか。これは日本でも絶滅が危惧されているライチョウ。サルデニアの森にも昔からライチョウがたくさんいたそうですが、このところ劇的に減少。そこでこのセンターで野生のライチョウに卵を産ませ、そこから雛をかえします。

卵は一定の温度で保管され、専用のケースで雛を誕生させます。雛が生まれ、ある程度まで成長させこちらもまた野生の鳥として森にかえします。このようにして森の生態システムを保つことが森全体を長生きさせるカギとなるのです。

今度はキツネに出会いました。ここではこのような怪我をした小動物から鹿など、大きな動物も含め何匹か保護しています。はやぶさやカモメなどは木にぶつかって羽を追ったり、また猟師によって怪我を負ったりすることがあるそう。地元の人の通報や森林協会のスタッフが森をパトロールによりこのセンターに運ばれてきます。

小さな檻の部屋にはまだ子供の鳥たちが保護されていました。巣から落ちて怪我をしたふくろうに飼育係りのジョルジョさんが一時的にお母さんの代わりになってエサを口から与えています。羽を包帯で巻かれたカモメのヒナも何匹かいました。

こちらは手術室。羽を怪我した鳥専用の伸縮性のある包帯など小動物の治療に必要な道具も全て揃っています。ここで手当てを受けた動物達は全てデータとして記録され、治療後はかならず野生に返されます。

森林協会の最も重要であり大半の業務を占める消防隊の設備もいろいろ見せてくださいました。こちらは消火する際に大量の水が必要となるので川や海から水をポンプでくみ上げる機械のついたトラック。最新の機器が揃っており驚きました。サルデニアはこのようなところに税金をたくさん投資しているそう。それほど火事が多いということ。今年定年退職するというベテラン隊員のマルコさん。今まで何百件という火事を消してきたそうです。

こちらは森林協会の消防隊の制服。これほどまでに完全な消火活動の設備が整っているという背景には、それほどまでに火災が多いということがあります。その数年間で500件以上。サルデニアの森にはここにしか生息しない珍しい動物や、300年の寿命の木などざらにあります。そんな貴重な大自然を一瞬で消滅させてしまう火事の原因はなんと大半が放火。サルデニアの大きな社会問題である失業者が森林火災を起こすことによって政府への反発を表したり、またこれで消防隊の就職口が増えるのではないかなどというはかない希望によって起こるのです。

こうした人間の仕業で一夜にして消えてしまう森をまた再現させる森林協会のスタッフたち。その全員が森に対してただならない誇りと愛情を持っていました。消防隊員、農学者、獣医。あらゆるプロ達から形成されている森の救世士によりこの緑の島は今後も守られていくことでしょう。

ピンクに染まるフラミンゴの群れ、ユーカリの匂いのするそよ風、力強い野生のハーブ、仔豚の丸焼きポルチェッドゥ。そして森林協会の人たちの郷土愛。ローマに戻る飛行機の中から遠ざかる緑の島をいつまでも眺めながら、ここ数日で体感したたくさんのことを思いながらもっともっとこの島の魅力を開拓してみたいという気持ちがこみ上げてきました。「また必ず戻ってくる。」今や下方に小さく小さく見える島にそう心の中で叫びました。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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