グストイタリア野菜紀行

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Episodio9

ハーブの香り漂う島サルデニア州立森林保護協会を訪ねて パート1

 

サルデニア州

メリディアナ航空のミニジェットでナポリから1時間、サルデニア島南部の町カリアリに夜21時半に到着。空港から旧市街のホテルへ送ってくれたタクシーから降りたところで突然頭上にピンク色した大きな鳥の群れ。羽をばたつかせることなく、魚のようにスイスイと夜空を泳いでいった不思議な形の鳥たち。そのシュールな光景に唖然としていると「フラミンゴだよ」とドライバーのおじさん。カリアリ近郊の沼にはフラミンゴの羽を赤く染めるワカメが生息し、温暖な地中海気候とともにこの渡り鳥にとって最適な環境が揃っているのだそう。生まれて初めて見る美しいフラミンゴに迎えられて始まったサルデニアの旅。本土からたった1時間というのになんだか「異国にきたな」という空気を感じます。

16年間イタリア中をくまなく旅してきて思うのは、サルデニアほどあらゆる意味で特殊な土地は他にないということ。

まずは言葉からしておもしろい。サルデニアの人はナポリ弁やミラノ弁のような方言ではなく1つの言語を持っています。つまり“サルデニア弁”ではなく“サルデニア語”です。それはイタリア語よりもスペインのカタルーニャ語に似ています。サルデニアの人はイタリア語を“外国語”として習得しているので、方言でイタリア語を話すどの地方のイタリア人よりも、もっともきれいな標準語を話す人々でもあります。(実際にサルデニア滞在中、現地の人同士の会話は全くもって意味不明でした。)

人の名前なんかもイタリア本土では存在しないような名前が多く、苗字を聞いただけでサルデニア出身とわかるほど。そしてサルデニア人にはあらゆる民族の血が入っているためか美男美女が多いことも決して言い伝えではありません。

四国とほぼ同じ面積をもち現在人口160万人のこの島は、紀元前6000年前にはすでに人々が定住していたというヨーロッパでももっとも古い大陸のひとつ。古代ローマ時代よりもはるか以前に文明が栄えていたこの島は、その肥沃は土壌と鉱山のおかげであらゆる国に略奪されます。長い長い間植民地争いの舞台となったサルデニアは、今から150年前の1861年、イタリア統一時に他の19州とともにイタリア共和国となりました。ただし“サルデニア自治州”としてイタリアとは別の行政システムで成り立っています。

「サルデニアは何度も占領されたが、支配されることは一度もなかった。」といまだに誇りをもってサルデニアの人々が言うように、村ごとにそれぞれの文化が色濃く残っていて、この島の偉大な遺産ともいえる独特の習慣があちこちに見られます。

たとえば民族衣装。イタリアの他地方とは比較にならないほどバリエーションが豊かでその華やかさでも知られています。サルデニア島の中でもコムーネ(日本でいう市や区のようなもの)ごとにそれぞれ独自の衣装を持ち、未だにそのスタイルが引き継がれ、村のお祭りで着飾られます。

このような少数民族の文化を継続しているサルデニアの魅力を、食材と郷土料理抜きに語ることはできません。そしてサルデニア料理に欠かせない食材の1つに香草(ハーブ)があります。地中海地方にみられる一般的な品種はもちろんのこと、サルデニアならではの品種というのもここに生息しているのです。

そのハーブの探求に訪れたのは「サルデニア州立森林保護協会」。
サルデニアの森林の80%(約21万ヘクタール)の土地を管理、保護するイタリア最大の州立森林保護機関。 保護と一言で言ってもあらゆる業務があり、サルデニア中に32の基地を構え、全部で6000人のスタッフが勤務しています。この島の森林は放火や羊飼い、不法森林伐採業者によって荒らされることが多く、大自然に生きる野性の動植物の保護を含めその失われた自然の再現が主な仕事です。人間の手によって壊された自然の循環サイクルを元通りにするというのはそうそう簡単なことではありません。とてつもない月日と経費がかかります。失われた森林はただ単に木を新しく植えれば済むというものではありません。「私たちの使命は自然公園をつくることではなく、その地域にもともと共生していた全ての生き物を戻し、失われた生物種を絶滅の危機から救い、そこにあった森林を“再現する”ことなのです。森林が私達人間にとってもどれほど大切かということを後世に伝えていくため、幼稚園や小学校をまわり子供達にも環境教育を行っています。」と熱く語る協会の責任者マルコ・モッチ氏。

この協会では、農学者による古い在来品種の調査やカリアリ大学農学部との共同研究なども合わせ、あらゆる専門家がチームを組んで日々サルデニアの森林の向上に取り組んでいます。

マルコ氏の案内でカリアリ北部にある“モンティマヌゥ(マヌゥ山)”の植物研究農園に到着。
車から降りたときのこと。フワーっと甘苦い香りに体を包まれました。思わずマルコ氏に聞いて見るとユーカリの木から来る匂いとのこと。ほのかに香るのではなく、香りの塊にすっぽり包まれるという感覚。お香をたいてリラックスするアロマテラピーというのがありますが、この島の森にいるとそこここに生えている樹木からいろいろな香りが漂ってきて、森にいるだけで自然に体全体が癒されていることに気がつきます。森林の中から草木が呼吸が聞こえてきそうなこのザワザワ感!いろいろな匂いを発散しているいろいろな草木たちに囲まれて、まさに香りの温泉につかっているような森林浴。

研究農場はこんな深い森林の中にあり、そこではあらゆるハーブやサルデニアの古い在来品種、絶滅しかけている品種の樹木が栽培されています。

野生のタイムやローズマリーが農園の石壁に生えていました。ちぎって香りを嗅いでその濃厚さに驚き。イタリアの他地方にもある一般的なハーブですがこんな強い香りは初めてです。

カルロ氏が持っているのはオレガノ。さわやかな苦味のある香り。これも同様香りに強さがあります。

こちらはELICRISOという香草。マルコ氏によると子豚の丸焼きに使われるハーブとのこと。子豚の全身に血を塗り、その上にこの葉をまぶしつけて丸焼きにするそう。なんかイタリア料理の領域を超えています。

RUTAはリキュールに使ったり、葉をサラダに入れて食べるそう。ちぎって匂いだところ、あまりの香りの強さに鼻腔に痛みを感じました。芳香というより、プラスチックが熱で溶けたような強烈な匂いがしました。こんなハーブがあるのですね。サルデニアの魔力なり。

日本でもお馴染みのローリエ。よく乾燥させたものが販売されていますが、サルデニアでは乾燥させずにウナギ料理に使います。うなぎをローストしたものの間にローリエを挟み重ね焼きにします。

ミントの種類は数多くありますが、これは和名でペニーロイヤルミントという品種。周りの草木につきやすい害虫を追い払うそう。

マジョラム。これもイタリア料理一般によく使われるハーブです。葉をちぎった手にいつまでもいつまでも匂いが染み付いていました。

CISTUS ROSSO – CISTUS FEMMINEというハンニチバナ科の植物。

セージ。和名ヤクヨウサルビア。肉料理によく使われるハーブ。

SALVIA MOSCADELLAというまた違う品種のセージ。

サルデニアといえばミルト。和名ギンバイカ。黒紫色の実をつけ、その果実から作ったリキュールはサルデニアの名物。葉の部分は、豚や鳥をローストするときに香りつけに使います。花は昔から花嫁のブーケに使われていました。白の実をつける白ミルトもあります。

こちらもサルデニアの名産、コルクです。昔はお皿として使われていましたが、現在はワインのボトルの栓や、温度を保つ性質があることから建築物の資材に使われたりしています。ポルトガルやスペイン、チュニジア、アルジェリアでもコルクはとれますがこのサルデニア産のものが最高品質とされています。

このLECCIOという樹木は成長するとかなり高い木になり、サルデニアの森林のほとんどがこれとコルクの木から成り立っています。この農園では、消失したサルデニアの森林を再現するのに不可欠な品種で、ここで苗からたくさん栽培しています。

コルクの木を直接鉢に挿し、種からではなく枝から成長させる実験も行っていました。

タイム。あらゆる植樹先があるためこのようにたくさん栽培し、そこそこ成長すると森の中に移されます。

野生のミント。すごい生命力。

左からマルコ氏、ジュゼッペ氏、カルロ氏。ジュゼッペ氏がこの研究農園の責任者として管理しています。みんなの制服がカッコいい。

カルロ氏が森の中から落ちていたコルクの皮を見つけました。この部分がワインの栓などに使われるのですがこれはコルクの木の幹の一番外側の部分です。

「わーい野生のフェンネルだ!」と思いきやカルロ氏に「危ないから触ってはダメ!」と素早く止められました。これはFEULAというフェンネルそっくりの毒入りの雑草。カルロ氏が茎を切ると中からミルクのような白い樹液が。この液体は昔は魚の養殖池にたらし、魚を殺してから網で一気にすくえるように使用されていたそうです。サルデニアの雑草おそるべし。知らなかったら味見していたかもしれません。

新しく増設している部分の研究農園。セラーも建設中。

栗の木。サルデニアでは栗の生産もしています。

野生のオリーブの木。

解熱、虫下し、痙攣止めなどの効果があるという薬草TEOCRUM。

REQUIENIIという小さなミント。コルシカとサルデニアにしか生息しないという珍しい品種。

これは野生のフェンネル。これは茎の部分を味見させてもらいました。甘くておいしい!

こんなにもたくさんの香草をカルロ氏とジュゼッペ氏が得意げに一つ一つの品種ごとにどんな郷土料理に使われるかを説明しながら見せてくれました。子豚にうなぎ、からすみなど、この島ならではの食材を使った郷土料理の数々。そんなサルデニアの山海の美味をひときわ際立たせるのが香草なのです。「調味料で濃い味付けをしなくともハーブを使うことにより味わいに奥行きが出て、素材のうまみを損なうことなくおいしい料理ができるのです。」とジュゼッペ氏。 味わいを豊かにするだけでなく、香草にはそれぞれ人間の健康によいとされる効用があります。サルデニアがイタリア一の長寿の地であるというのが、妙に納得できました。空気の匂いを嗅いだだけでアロマテラピーができ、体内のあらゆる機能を助ける香草を使った料理を毎日食べるのですから、そりゃ長生きしますよ。

こちらは何を作っているのでしょうか?
これは蝶が生息しやすくするためのキャベツの苗を生産しています。これは生物多様性(BIODIVERSITY)のプロジェクトの一端。協会の管理する森の1つに多種類の蝶が生息していたのですが、何かの原因で劇的に蝶が減少しています。その蝶を増やすべく彼らの食べ物であるキャベツの栽培を行っています。

そのキャベツを見せてもらうとたくさんの蝶の幼虫が。

みんなで蝶の話をしていたら私のブラウスの上にちょこんとテントウムシがとまりました。
イタリアではテントウムシは福をもたらすシンボルでもあるのです。

農園の見学を終えたところで、マルコ氏が農園の休憩室に案内してくれました。ここでは10人近くのスタッフが食事や休憩をするのに使われています。小屋に入るとすぐにスタッフの女性が笑顔でエスプレッソを入れてくれました。そしてこれまたサルデニアの名産というサクランボまで「どうぞどうぞ」と差し出してくれました。ここの農園ではどんな人に会ってもサルデニアの人たちらしい暖かい笑顔のおもてなしがありました。

気がつくともう午後1時。おいしい空気を吸うといつも以上におなかが減るものですね。マルコ氏がハーブを使った郷土料理が食べられるという地元のトラットリアへ案内してくれるとのこと!どんな料理がでてくるのかこれは楽しみです。ユーカリの芳香がまだ充満している車にまた乗り込み、森の中をひた走りトラットリアへ向かいました。

エピソード次号に続く。。。

サルデニア州立森林保護協会 http://www.sardegnaambiente.it

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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