Episodio8
イタリアでは全国各地に未だ作物の収穫を祝う習慣が色濃く残っています。収穫祭は、もともとは人類が食物を得るために狩猟から栽培に変わったあたりから始められてきたとされ、その起源は古いとみられています。“収穫”というと、いかにも秋のイメージがあるのですが農業国イタリアでは年中あちこちで行われていて、農作物だけでなく肉や魚の収穫祭まであり、そのバリエーションの豊富さには驚くものがあります。イタリア語で「SAGRAサグラ」と呼ばれるこのイベント、有名どころでは10月に行われるピエモンテ州アルバの白トリュフのサグラやトスカーナのポルチーニきのこの収穫祭でしょうか。このために海外からもたくさんの観光客が来るほど賑わいます。そして中にはちょっとかわった収穫祭もあり、珍しいものではアドリア海岸リミニ近郊のイカのお祭、Tボーンステーキで有名なトスカーナのキアーナ牛のサグラなんてものも。
キリスト教であるこの国での収穫祭は、村ごとの守護神や聖人に感謝を示す宗教的な儀式も多く見られますが、最近では市や地元の農業組合などが主催者となり、その土地の郷土作物のおいしさを味わってもらおうと、試食会や販促会などが行われるのが一般的です。
ローマから北西に車をとばして1時間のところに中部イタリアで最も美しい湖、ブラッチャーノ湖で知られるアングイラーラという中世の街があります。4月の晴天の日曜日、この村名産の野菜“チーマ・ディ・ラーパ”のサグラが開催されました。
“チーマ・ディ・ラーパ”はイタリアでの全生産量の95%がラッツィオ、カンパーニャ、プーリア州と中南部で栽培されています。少し菜の花に似た野菜で、葉と茎の部分を食べるのですが少し苦味があり、茹でてオリーブオイルとレモンをあえたり、にんにくと唐辛子で炒めたりして食べられています。この苦味がよく合うのかパスタに絡めて食べる料理もポピュラーで、たとえばプーリアの郷土料理にオレキエッテという名の丸い形をしたパスタに細かく切って炒めたチーマ・ディ・ラーパを絡めた一品があります。
正午に会場の広場に到着すると、青空の下ずらりと並べられたテーブルですでにチーマ・ディ・ラーパの大試食会が繰り広げられていました。目の前には真っ青な湖という絶好のローケーションはこのアングイラーラならでは。夏日のような日差しの日曜日とあって村中の人が来たかと思われるほど、メニューの配布場所には長い列が!1時間近くも並んでやっとランチセットを受け取りました。
地元の農業組合によるメニューはチーマ・ディ・ラーパのパスタと、同野菜のにんにく炒め、ソーセージの炭火焼き。どれも素朴ながらこの地に伝わる栄養満点の郷土料理。地元産の赤ワインもついておかわり自由。にんにくとオリーブオイルで炒めたチーマ・ディ・ラーパは食べても食べても食欲がモリモリわいてくるおいしさ。ソーセージのグリルも炭火で焼いた香ばしいうまみにワインがどんどんすすみます。
会場では、素人と思われる熟年シンガーによるローマ民謡ライブあり、湖にいたカモメ達が一斉に飛び立ってしまうほどのおばさんの張り上げ声が響く中、子供から大人までみんなそれはそれはおいしそうにこの郷土野菜をほおばっていました。同じテーブルに合い席になった人と乾杯し、素人喉自慢に混じって一緒に歌いだす人、踊りだす人、午後になってもお祭りは果てしなく続くのでした。村に昔から伝えられてきた民謡を聴き、地元の畑で栽培された野菜に舌鼓をうつ人々。その光景に人の幸せの原型みたいなものが見えた気がして、こちらまであたたかい気持ちになるのでした。サグラとはただの食のお祭りではなく、食を通して自分のルーツを体感するイべントであり自分の生まれ育った地をこよなく愛するイタリア人にとってはどんな時代にも欠かせない大切な習慣なのかもしれません。
湖が夕日で赤く染まってきたころ、心もおなかもいっぱいになってにんにくの香り漂うアングイラーラをあとにしました。
ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)
京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。
AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。
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