グストイタリア野菜紀行

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episodio36

野菜料理を引き立てる黒い滴 アチェート・バルサミコ

 

世界最高級車フェッラーリの故郷モデナ。ここではもうひとつのメイド・イン・イタリーを代表する高級品が生産されています。それはアチェートバルサミコ。中部イタリア、エミリアロマーニャ州の名品、オリーブオイルの次にイタリア人がよく使う調味料です。

 

このアチェート・バルサミコは、そもそも古代ローマから由来する古い歴史を持っています。ローマ帝国では当時、ブドウ果汁を煮詰めたモストコットとよばれるお酢が食されていました。時を経てお酢はいろいろな様式で生産、消費されるようになり、1747年の地元の大貴族エステート家の記録の中にはじめて “バルサミコ”という名前のお酢がでてきます。1800年代の終わりごろから、経済の発展とともにバルサミコ酢は高品質食材として国内だけでなく海外でも知られるようになります。
現在出回っているアチェート・バルサミコは高級なものから、大量生産の比較的安価なものまであらゆるものが存在します。熟成期間の違いや原材料の違い、産地違いなどでそのランクが決まりますが、分類がややこしく実はイタリアでもほとんど品質の違いを認識されていないのが現状です。
9月最終の日曜日、『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』をもっと知ってもらおうと、アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・モデナ生産者協会による30社の生産工房の一般公開が行われました。原材料のブドウ果汁を煮詰める作業から熟成室の見学まで製造工程が公開され、通常そう簡単に見られることのできない工房訪問に全国からジャーナリストや一般客が大勢集まりました。
代表的なアチェート・バルサミコとしては『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』という最低12年以上という長期熟成のもので、イタリアでは高級食材店のみで販売されているかなり高価なものと、スーパーマーケットなどで見かける、添加物を加えとろみを出し前者に近い風味のある、熟成期間の短い『アチェート・バルサミコ』があります。ここでは伝統的な『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』のご紹介をしましょう。まずは『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』には2つの種類があります。

1.アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・モデナ Aceto Balsamico Tradizionale di Modena

2.アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・レッジョ・エミリア Aceto Balsamico Tradizionale di Reggio Emilia

 

どちらもDOP(保護原産地呼称:EU共同体の定めた農産物および食品の品質認定表示で、厳しい規定条件のもとに生産されたものに限り与えられる認定)製品ですが、エミリアロマーニャ州のモデナとその隣街レッジョ・エミリアの産地違いで分けられています。ボトルの形がそれぞれ統一されているので、一目でどちらの産地のものかがわかります。ちなみに『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・モデナ』のボトルは、アルファロメオやフィアットのパンダ、マツダルーチェを手がけたイタリアでもっとも高名な工業デザイナー、ジュージアローによるデザイン。そのシャープでエレガントなフォームがこの商品にさらなる高級感を醸し出しています。
両者とも熟成年月の規制により2種類のランクがあり、“アッフィナート”という12年以上の熟成をしたもの、“エクストラヴェッキオ”という25年以上もの熟成がされたものがあります。
ボトルは100mlの小瓶でワインのように生産年のヴィンテージは記載されません。“エクストラヴェッキオ”はイタリアでは1瓶150ユーロほど。50年熟成というのもあり、まぎれもなくイタリア食材の中でも白トリュフに並ぶ高級食材の王様といえるでしょう。

 

さて、この『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』とはどのような製法でつくられているのでしょうか。
エミリア・ロマーニャ州の在来品種である数種類のブドウを絞った果汁を、屋外に置かれた80度以下の温度でゆっくりと煮詰めていきます。水分を蒸発させ、もともとあった果汁量から約50%の量まで減らします。モストコットとよばれる煮詰まったブドウ果汁は、ここで熟成過程に入ります。アチェタイアという熟成室には大きいものから小さいものまで5種類~7種類の小樽が並んでいます。樽の材質は栗、オーク、チェリー、ビャクシンが使われます。どの樽にも上部に小さな四角の穴がありガーゼをかぶせてあります。この窓を通してモストコットは空気に触れながら、蒸発し、月日とともに量が減少していきます。量が少なくなるにつれ小さな樽に移し変えていきます。こうすることによってより独特の複雑味が増すわけです。

 

モストコットの熟成に欠かせないのが昼と夜の温暖の差が大きく、また夏は暑く冬は寒いというこの地方の気候条件。こうして12年以上熟成させたものが『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』としてやっと商品化されるというわけです。もちろん添加物は一切なし、原材料はブドウ果汁のみ。これほど歳月と手間隙のかかったこの食材、お値段も一流になるということですね。

 

樽のアロマを含みながら長い年月を経てうまみを増した『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』。お皿にたらすとカラメルソースのようにとろりとした濃厚さで、ツンとした酸っぱさはなく、なんともまろやかな甘みとコクがあります。エレガントな後味の余韻が長く残ります。25年以上の熟成をされたものは、お酢というよりも一種の濃密なタレのよう。
サラダや野菜のグリルにはもちろん、ローストビーフやパルミッジャーノチーズにとろりとかけるとそれだけで豪華な一品となります。またバニラアイスクリーム、イチゴにかけていただくのも驚きの味わい。

 

『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ』以外にも熟成年月の少ない、もしくは熟成していない『アチェート・バルサミコ』や、白ブドウ100%からつくられた透明の『ホワイト・アチェート・バルサミコ』などがあり、手に入りやすい価格で販売されています。
グリルしたズッキーネやラディッキオ、また茹でたフィノッキオやニンジンなどにオリーブオイルと一緒にお試しアレ!

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

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「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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