グストイタリア野菜紀行

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Episodio3

『天空の城ラピュタ』のふもとに広がる野菜畑で自然の恵みとともに暮らす人々

ローマから車を北へ走らせ約2時間。

ウンブリアとラッツィオ州のちょうど境になるこの地方はゆるやかな緑の丘陵地帯。収穫真っ只中のオリーブ畑の丘を登ったり下ったり。青空に薄く広がる綿のような秋雲。車の窓を開けると深々とした緑の匂い。透き通った空気を肺の隅々まで吸い込む。排気ガスの多いローマでは絶対にできない贅沢。そんなことを考えていると突然目の前に現れたのは、蜃気楼のごとく雲の上にそびえ立つ天空の町「チヴィタ・カステッラーナ」。一瞬にして夢の世界へ引き込まれたような錯覚におちいる非現実的な光景。

橋を渡って歩いてしかたどり着けないチヴィタ・カステッラーナ。2500年前にエトルリア人によって作られたといわれる。現在で15軒ほどの家族が暮らしているといわれる。

世界でも稀に見るこの陸の弧島は、意外と知られていないが紀元前から存在していたといわれる古い歴史のある街。86年に公開された宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』の舞台となったという噂もよく聞かれます。この天空の街のふもとチヴィタ・バーニョレッジョは、自然保護公園として国が指定する天然の美しい地域。ここでは素晴らしい自然環境を生かし、有機栽培農業を行っている小さな農家が数々存在しています。

チヴィタ・バーニョレッジョで20年前から農業を営む、地元では知らない人はいない、ブオナヴェントゥーラさんの農園を訪問。ちなみに“ブオナヴェントゥーラ”というのは近代ではかなり珍しい名前で誰もが聞き返すそうですが、これはこの地方の聖人の名前。1930年生まれの世代にはこのように地元の守護聖人と同じ名前を持つ人が結構いるそう。日本でいうと町内のお地蔵様の名前でも付けられたような感じでしょうか?!

- 上写真左から -

このバーニョレッジョの山のふもとにあるブオナヴェントゥーラさんの3000㎡の畑。

背筋を伸ばして作物の説明をしてくれるおじさんはどこか誇らしそう。ちょうど今の時期は菜野菜が多い。

この村で生まれた彼は子供のころからお父さんの農業を手伝いながら育ち、建築資材の会社に勤めたあと、定年退職後やっぱりどうしても農業に戻りたくなり、それ以来毎日朝から晩までこの農園で過ごし自給自足の生活をしているそう。ブオナヴェントゥーラさんの畑は全て無農薬栽培、トラクターも何も使わず素手で野菜を育てています。泥だらけになったグローブのような彼の大きな手がその野菜作りを物語っています。「全く自然の汚染がないこと、気候に恵まれていることからおいしい野菜がどんどん育つ。

- 上写真左から -

カーボロフィオーレビアンコ。

ラディッキオロッソ。

フィノッキオ。

キャベツ。

紫キャベツ。

アーティチョーク。

ただひとつ農薬は使わないことで苦労しているのは害虫。」どうするのですか、という質問に一言。「手で取るさ!」

- 上写真左から -

赤かぶ。

自慢の手作りセラー。ここでもインサラータを育てている。

またこの地域ではもう11月ごろから寒波で夜には霜が畑にはってしまいます。そうすると野菜が完全にしおれてしまうので、竹の棒で屋根を作ったり、ビニールを張って手作りのセラーを立てたりして工夫しながら保護しているのです。

- 上写真左から -

霜の被害にあったインサラータ。

インサラータはデリケートなので竹の屋根をつくって霜から守る。

そしてできた作物は近所の人達に販売。

特に週末などはたくさんの人が畑に来ておじさんと一緒に野菜を収穫、家に持ち帰るのです。販売コーナーなどはなく、あくまでお客が来てから畑で一緒に作物を見て、おいしそうなものを選びみんなで引っこ抜く。これが人気で地元の人たちだけでなくローマからも人々が家族連れでやってきます。「虫が付いているから洗うのが大変だけど、一度おじさんの野菜を食べるともうスーパーの袋入りの野菜は買えないわよね。」と満足そうに土がまだついたままのフィノッキオをかかえるフランチェスカさん。この農園に隣接するオリーブオイルの精油所で働いているそう。田舎では定年後世代の人達は村のBARでおしゃべりしたり、トランプ遊びに耽って1日を過ごす人がたくさんいますが、ブオナヴェントゥーラさんは違います。「野菜作りほど面白い遊びはないのさ。」そんな話をしながら野菜を刈り取るブオナヴェントゥーラさんは本当に楽しそう。

プレッツェーモロ。

子供のころと同じことをして過ごす老後というのは幸せなことかもしれないな、と思わせられるおじさんの笑顔。その向こうでは小屋からこっそり抜け出した鶏たちが畑を駆け回っています。

手作りの小屋の中には卵の養殖のための鶏、食用のうさぎ、鳩がいっぱい。

ここに野菜を買いに来る人たち同士でいろいろな出会いがあったり、常連たちが井戸端会議をしたりと畑がひとつの社交場のようになっているのもブオナヴェントゥーラさんの自由で温かい人柄から。「大自然の中で育った野菜を自分の手で収穫するのってなんだかとても楽しい。リラックスできて自分の中にポジティブな活気がわいてくるの。」というローマからやってきた若いカップル。この畑を訪ねることは都会に住むストレスの多いローマ人には心のテラピーのようなものかもしれません。

ここの小川は山から流れてくる自然の水。この水を畑にまいている。

フランチェスカさんがちょうど新油ができたばかりというので、彼女の勤務するオリーブ農園へ案内してくれました。そこは『CARMA-カルマ』という宝石で有名なブルガリファミリーが経営するオリーブ農園&精油所。オリーブ農園の上方には天空の街チヴィタが農園を見守るように立っています。

- 上写真左から -

「カルマ」の収穫中のオリーブ農園。

今年のオリーブ。収穫が始まってから1ヶ月ほどたち実が少しずつ黒く鳴り出すころ。

石作りの「カルマ」の自社精油工場。

『CARMA-カルマ』ではウンブリア、トスカーナ、ラッツィオ州の3箇所に農園を所有し、自社の精油所でオリーブオイルを生産しています。

産地によって違う3種類の製品。左からトスカーナ産、ウンブリア産、ラッツィオ産。それぞれの地の独特のオリーブ品種を使った製品。

今年は収穫量は減ったものの質のよい実ができたので通年よりもおいしいオリーブオイルができたと語るフランチェスカさん。ブオナヴェントゥーラさんの畑で栽培された肉厚のフィノッキオで、手早くサラダを作ってくれました。

ブオナヴェントゥーラさんのフィノッキオでフランチェスカさんが作ったサラダ。

フィノッキオとオレンジとセロリを縦にカットして黒オリーブを加えお酢と塩コショウで合えただけ。もちろんたっぷりと搾りたてのエクストラヴァージンオイルをかけて。全ての素材が採れたてもので作られた一品は、どんな素晴らしいシェフの料理よりもおいしいもの。パリパリした食感のフィノッキオの甘さ。フレッシュさ。今夜はフィノッキオのグラタンを作るそう。フィノッキオを縦に切り、オーブントレイに並べオリーブオイルと塩コショウ、パン粉、パルミッジャーノチーズをかけ170℃のオーブンで20分ほど焼いて出来上がり。とっても簡単ですが火を通したフィノッキオはまた生で食べるのとは違いとろりとまろやかなおいしさがあって大好きだそう。

たくさんの野菜と新油のボトルをかかえてローマに戻る途中、車の中からうっすらと赤く染まった天空の街が見えました。ここへ来た時には非現実的に見えたその光景も、今は下界の自然を何千年も守り続けるどっしりとした神様のように目に映るのでした。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

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