グストイタリア野菜紀行

前へ目次次へ

episodio28

異国文化の歴史がかいま見えるシチリアの青空市場

 

地中海最大の島シチリア。
と言ってもその大きさは四国の1、4倍ほど。この島がイタリアの中でも特に異色の存在であるのは、面積よりもその波乱に富んだ歴史的背景にあります。紀元前のギリシャ人にはじまって、1861年にイタリア共和国に統一されるまで、トルコ、アラブ、スペイン、フランスなどさまざまな異文化、異教徒に占領され続けた島。その歴史跡は、街中に佇むキリスト教とイスラム教の入り交ざった摩訶不思議なモニュメントや建築物を見ると一目瞭然ですが、さらにこの地にふみこんでみると、イタリア語とアラブ語とユダヤ語の3カ国語で書かれている道路表示があったり、青い目に金髪の北欧人のような人もいればチリチリの黒髪に黒ヒゲのアラブ人のような人がいたりと、イタリア本土とはまったく違う土地柄であることを実感させられます。その特殊な文化を持つこの島はもはやイタリアではなく、シチリアという1つの国家ととらえられるメンタリティーと生活習慣がいまだに残っています。島の人々は必ず“イタリア人”ではなく“シチリア人”と自己紹介します。生まれてからこのかた1度もシチリアから出たことがない!という人もここではぜんぜん珍しくありません。
 そんなシチリアの比類のない歴史は食文化にも大きく影響していて、現地でしか味わえない独特の郷土料理があります。
シチリア料理と1言でいってもその種類は地方によってさまざまですが、たとえばシチリアの西海岸トラパニには1千年前にアラブ人から伝えられた料理『クスクス』があります。

 

これはアラブ諸国、モロッコ、トルコなどでもよく食される中東料理です。セモリナ粉に手で水を撒きながら細かいビーズほどの小さな粒をつくっていきます。トラパニではパスタのかわりにプリモピアットとして食べられています。

 

中東諸国のそれとの唯一の違いは、クスクスの上にかけるのは肉を煮込んだソースではなく魚を煮込んだトマトソースを添えること。これは漁村であるトラパニでは当然の原理ですね。

 

また『カポナータ』のように砂糖とお酢でナスやセロリなどの野菜を甘酸っぱく炒めた、ちょっと中華八方菜のような郷土料理もあります。砂糖やお酢を入れる味付けはイタリアでは珍しく、これもアラブ料理の影響といわれています。ゴマを一面にまぶした郷土パンがありますが、ゴマを使うのもイタリアの他地方ではみられません。ドライフルーツを料理にふんだんに使うのもここならでは。 そんな特殊な料理を食べるシチリアの市場にはどんな食材が売っているのでしょうか?シチリアは東海岸カターニャにある青空市場へ行ってきました。

 

街中の古い教会のある広場で毎日開かれるこの市は、野菜から魚、肉、チーズなどの加工食品、雑貨などなんでもそろいます。

 

鮮やかな紫色に驚かされたカーボル・フィーオーレ。色だけでなくサイズもこんなサッカーボールみたいに巨大なものは見たことがありません。八百屋のお兄さんにそういうと、得意げに持ち上げて見せてくれました。でもこれ、もって帰るだけで大変!?食べ方はいたってシンプル。茹でてオリーブオイルとレモンで食べるかパスタの具にするそう。食べ応えありそう。

 

ラトゥーガロマーナとフィノッキオだけを販売するおじさん。ラットゥーガロマーナのなんというみずみずしさ!このままかぶりつきたくなります。

 

タマネギのオーブン焼きが売っていました。2個で1ユーロ。オーブン焼きといっても丸ごと皮ごと焼いているのです。オリーブオイルと塩こしょうで食べるそう。なんとシンプルなストリートフードなんでしょうか

 

トマト屋さん。細長く小さな「ダッテリ」や牛の心臓というネーミングの「クオーレ・デイ・ブエ」、「サン・マルツァーノ」など数種類の品種が売っていました。シチリアのお母さんたちはパスタのソースにするならこのトマト、サラダで生で食べるならこっちのトマト、とちゃんと買い分けているのです。

 

豚の顔や、羊の内臓がそのまま吊るされたり、台に乗せられていたり。。。ほとんど映画のセットに見える精肉屋さん。こういった内臓や豚の足なんかはトマトソースで煮込みにします。これをもって帰って料理するお母さんたちはすごい!さすがシチリアです。ちょっとグロテスクでしたが、肉の色といい艶といいその新鮮さが見てとれました。

 

シチリアの名産といえばオレンジ。これはブラッドオレンジのタロッコ品種です。富士山と同じくらいの高さのエトナ火山からの冷気によって、オレンジに含まれるアントシアニンが変色しこのような赤い色付きをするのです。ちょうどこの時期が収獲真っ只中で、おいしく熟したオレンジの最高の食べごろ。

 

卵は箱入りでなく農家からそのまま持ってくるのでばら売り。まだ鶏の産毛がいっぱいついています。

 

自分の畑から収獲したものをそのままトラックにのせてやってきた農家のおじさん。チコリ、ハーブなど文字通り山積み。手前の野菜はフェンネルでなんともさわやかなアロマが漂います。シチリアのパスタ料理や魚料理の上には必ずこの香草が添えられています。

 

オリーブの塩付け。こちらもシチリア料理には欠かせない食材。オリーブの実を食塩水に漬けたもので、オリーブの種類によって味付けを変えたり、トウガラシやにんにくを加えたりします。必ず食卓には欠かせないもので、ワインやビールのおつまみに食べたり、ちょっと日本人がお漬物を食べる感覚と似ています。アクセントとしてパスタや野菜と炒めたり、魚・肉料理に添えたりどんな料理にも使います。

 

こちらはドライフルーツと保存食材屋さん。シチリア名物のアーモンドからピスタチオ、クルミに松の実。歯ごたえよく香りもいいドライフルーツは野菜料理にもたっぷり使います。これもアラブ料理の影響。保存食材もいろいろあり、ドライトマトにケイパーの塩漬け、干しブドウ、干しイチジクまでその種類の多さに驚き。旬でない時期にも干すことによってその食材を長い期間食べられるようにした昔の人の知恵ですね。

 

シチリアの名産チーズも数多くありますが、羊のリコッタチーズは日本人が毎日豆腐を食べるように毎日の食卓にあがります。このまま食べてももちろんおいしいのですが、パスタにからめてクリーム状のソースにしたり、ハチミツやジャムをかけてデザートに食べたりもします。
シチリアの田舎に行くとたくさんの羊がいますがほとんどがこのチーズを生産しています。

 

これは初めてお目にかかる野菜!「カーヴォロ・トゥルンツォ」というカターニャ産のキャベツの一種だそう。シチリアでも栽培しているのは主に東海岸側だけ。スローフード協会の【プレシーディオ食材】(栽培地、生産量が極小で絶滅する危機のある守護すべき食材)のひとつとして登録されている野菜です。葉の部分も茎の部分も全部食べられます。生でも食べますが、イワシと一緒にいためてパスタにからめたカターニャの郷土料理に使われるそう。これはローマでも見たことがなかった野菜。同じイタリアでも地方が変わるとこれほどまでに市場に売っている野菜が違うのはほんとうにおもしろい。

 

地中海に囲まれた島、当然魚は豊富で新鮮です。台の上に積まれた赤エビやタコはまだピタピタと動いています。シチリアで捕れる大半のマグロは日本へ輸出されますが、それでも見事なマグロが勢いよく切り落とされていました。

他地方にくらべなんだかシチリアの食材は野菜、肉、魚すべて迫力がほんとにちがう!赤黒いオレンジに、紫色のカリフラワー、ざわざわうごめくタコにこちらを見ている精肉屋さんの羊の目。すべての食材からざわざわと呼吸が聞こえてきそうな青市場。ここにいると生き物の精気のようなものを肌で感じます。
何度も植民地争いの舞台となった凄惨の地ではなく、占領者の歴史文化をとりいれることによって世界でも比類のない魅力の島をつくりあげたシチリア人。ここに生きるものにはすべて並ならぬ生命力が宿っているようです。

ヒサタニ ミカ(野菜紀行レポーター)

京都生まれ京都育ち。
ローマ在住16年。
来伊後、サントリーグループのワイン輸入商社のイタリア駐在員事務所マネージャーを経て、現在は輸入業者のコンサルタント、ワインと食のジャーナリスト、 雑誌の取材コーディネーターとしてイタリア全国に広がる生産者や食に携わるイヴェントを巡る。最近はイタリアでのワインコンクールの審査員も務め、またお 茶や懐石料理のセミナーをイタリアで開催、日本の食をイタリアに紹介する仕事も展開。料理専門媒体にイタリア情報を随筆中。

AISイタリアソムリエ協会正規コースソムリエ。
ラッツィオ州公認ソムリエ。

[ イタリアからお届けする旬の食コラム ]

「ヒサタニミカのイタリア食道楽」

このページの先頭へ